大道棋よもやま話 第3回 大道詰将棋風景
[2011年4月7日最終更新]
詰将棋パラダイスで連載中の記事です。詰パラでスペースの関係で掲載できなかった資料全文なども補足していきます。
関連情報: 大道詰将棋よもやま話 ドキドキストリート (おもちゃ箱)
詰将棋パラダイス 2011年1月号掲載
大道棋よもやま話 第3回 大道詰将棋風景 加藤 徹
前回に続いて将棋日本から。昭和初期の大道棋屋さんの口上をお楽しみください(仮名遣いなど一部修正)。長文なので、エッセンスだけ。全文はいずれ詰将棋メモで掲載します。
注)詰将棋パラダイス掲載時は一部だけでしたが、ここでは全文を掲載しています。
大道詰将棋風景 橘二叟
(将棋日本 昭和12年8月号)
「サアどうです、もうお考えになる余地はないでしょう。持駒は金が一枚、王手ッと張れば逃げる一手、もう後は動けない。どうです、もう判ったでしょう。一つ詰めてやってください。ここにある詰将棋の虎の巻『捨駒の妙手』を一冊、お買い求めの方にお慰みとして一局やっていただく。首尾よく詰んだら代金はいらない。無料で進呈する。その上にだ。この桐箱入りの上等将棋駒を一組、のしをつけて差し上げる。サアほんの僅かなお道楽、どう
です旦那、一番やってください」
夏の宵に嬉しいものは縁日の夜店、とりわけ夥しく人足を留めるものに、バナナの叩き売りにせり呉服、煙草の吸いさしを掌に揉み消して赤いハンケチに変える手品の種売り、そして五目並べに詰将棋や。取り囲む面々は縁台将棋のご常連で魚やのあんちゃん、酒屋の小僧、さっきから細君に袖を引かれているのに更に動ずる気配なき会社員、湯気の出そうなヤカン頭を振り立ててブツブツつぶやきながら考え込んでいるのは、日頃横丁の床屋で覇を唱える荒物屋のおやじだが、四間飛車の達人も今宵は戦い利あらず、既にギザギザの二三枚もフンダクられた後らしい。
「どうです、訳がないでしょう。全く今のお方は惜しかったね。もう一息の所で逃がしちゃった。おれならこう指すんだがとお考えの方は勇敢に挑戦してください。そちらの学生さん、さっきからニコニコしておいでだ。気の毒だがあの本と駒はもうこっちのものだなんて。エッ、まだ考えがつかないって? 学校の試験問題よりはズッとやさしいでしょう。まア野球で言ったら・・・そうさね、まさにツーダンフルベースてエ所だ。絶好のチャンスですぜ。カーンと一本、どうです、やってください」
立ち並ぶ一同は、ただもうゲラゲラ笑うだけで、駒を突きつけられるといずれもしりごみ。中でも気の弱い者は、勧められるとコソコソと人混みに紛れて退散してしまう。かくては果てじと思いけむ、かの詰将棋やは一段と声を張り上げて「じゃこうしましょう。もうお一人さんだけお願いして、それでも詰まなかったら正解をしましょう。それとも題を変えましょうか。」と駒を並べかえそうにすると、ドラかしてみなと魚屋の安さん、生臭い手を差し延べて、子供の下駄ほどもある駒をつかんで、チャブ台のような盤に立ち向かうや発止と打ち込んだ。
「サア来ましたね。だがねお客さんお断りしとくが、待ったと助言は無しですぜ。サテ・・・と、こりゃ逃げる一手だ。」
局面は第一図の如く、角二枚と飛車とが睨んでいるし、銀が退路を扼しているから、金を張って飛車が走ればアイ利かずでお釈迦になると思うとさにあらず。16金、24玉、27飛「勿体ないが奢ってやれ」と将棋やは26へ飛車の中あいを下ろす。これは儲けとばかり26同飛と払って進む。途端に馬の利きが塞がったのでスルリと斜めに脱出して35玉。サア大変、飛車をどかして明き王手をすれば46歩と歩を食って逃げ出されるし、持駒の飛車か桂馬で王手をしても44玉と越されて見込みがない。安さんウームと唸って腕を組み、将棋やはシメタとばかりニヤニヤする。あんちゃんはしばし打案じた末、25飛と打ち、44玉、45飛、54玉、66桂、64玉迄で駒を投げてしまった。
「ああ危なかった、また助かった。しかし実に惜しかったね。もうチョイトで詰んだんだが。サアどなたか仇を取ってください。今度詰んだら題を変えましょう」
安さんは忌々しそうにがま口から五貫玉をつまみ出して盤の上に放り出す。この時最前から細君に尻を小突かれていた会社員風の男、憤然として進み出た。
「君、君ッ! さっきから今度は正解する、今度は正解するッて言いながら一向しないじゃないか。いったいそりゃ詰みがあるンかい。僕ア二度もやってるしそれから四五人もやったのに詰みやせんし、正解もせんじゃないか。僕アいつまでも待っちゃいれんから早く正解を教えてくれたまえ。」
将棋やは狡猾そうに一同の顔を見渡したが、やおら立ち上がってそばの路地の入口に会社員を誘い、懐から何やら本を取り出して低声で説明をしている様子。会社員はうなづきながら聞いていたが、やがて細君と連れ立ってステッキを打振り打振り立ち去った。将棋やは席に戻って苦笑い。「どうも聞き分けのないお客さんは苦手だ。さアもう一番でギリギリ最後、この次から別な問題にしましょう。どうです旦那、詰めちゃってください。」
今度は俺に鉾先を向けてきた。大人気ないと思ってさっきから手を出さずに見ていたのだが、このまま引っ込むのも癪だから、誘いに乗って差出す駒を手にした。
「一寸聞いておくが、駒が余っても差支えないんだね」と駄目を押したのは、後で難癖をつけさせぬ用心の為。
「エエそりゃ余っても詰みは詰みでさア」と答えながらもこりゃ手ごわいなと思ったか、チラッと上目遣いに俺の顔を見る。
「じゃ行くぜ」と16金、24玉、27飛、26飛アイ、さあここだ。この飛車は取っちゃいけない。まず25金とくれてやる。これを同玉と取れば直詰だから相手もさるもの、同飛と引く。まだ飛車を取れぬ。16桂と打って15玉と上らせ、始めて25飛、同玉と清算する。次に玉を36に逃がさぬように58角と上って遁走路を閉塞する。この際の間駒が問題だ。金でなければならぬ。飛車でも良いが、他の駒を使ったり、香が上ったりすれば早詰みだ。果して36金アイときた。次に24飛、15玉、この時26馬と捨てて同金と取らせるのが妙手で、あとは14飛と行ってゲームセット。歩一枚余りで十七手詰だ。一同ガヤガヤと賞賛するやら、溜飲を下げるやら。
「サアどうだ、駒と本は貰って行くぜ」と止めを刺すと、将棋やは最後の局面を他の連中に覚えさせまいとする如く、素早く駒をかきまぜて、「参った、旦那はお強いや。それじゃね、題を変えますから考えてください」
手早く並びかえたのは次の局面。今度こそ取り返してやろうと奴さん、もし詰め損なっても今のと帳消にしても良いからと頻りに勧めるのだがその手は食わぬ。黙って見てると、はんてん着の男が手を出して、続け様に二度もやられた。この男は先刻通りの向こう側に出ている五目並べに何か文句をつけて人を集めていたのを人だかりの隙間から覗いて見て知っている。てっきりサクラと睨んだから長居は無用。薄っぺらの虎の巻と桐箱入の駒(これも少し先の十銭均一の店に並べてあった品と同じだ)を浚ってサッサと退却、入れ替わった連中を相手に「サアどうです」をやり直している将棋やの声を後にして。
などと申すと自慢話めいて些か気が差すが、実の所三箇月に亘る苦心の結果なのである。何もそんなに長い間考えていた訳ではないが、有段者でさえ引っかかる事があるという代物に、下手の横好きの俺達が、ブラリと出た散歩のついでに覗きこんだ局面を、駒も動かさずに頭の中でどうして十手も二十手も読めるものか。いでや秘伝を公開せん。先ず手帳を肌身離さず携える事。途上で詰将棋の店を発見したら、局面を間違えずに書き写す事。この際先方に覚えられぬ様注意すべし。俺が友人に頼んで資料を集めた折、一人は先方が気づいて直ぐ盤面を掻きまぜてしまい、一人はサクラと思しき人相の悪い男に尾行された由の報告を受けた。さて写し終えたら急いで我が家へ駆け戻り、盤に駒を並べて考える。ゆめゆめ街頭にて手出しをなすべからず。家で落ちついて考えりゃ大抵判る。自信が付いたら再び取って返してやっつけるべし。時すでに遅くして敵が陣を引いた後だったら、それより常に縁日夜店の盛り場を往徨して仇にめぐり会うべく心掛くべし。しかし探し求める局面にぶつかるまでには余程の辛抱が必要である。今の詰なんか全く三月目に宿望を果たしたのだもの。
第二図面のも例によって家へ帰って考える事一時間あまり、やっと詰ました。そのあい駒の検討の煩、到底路傍佇立の思索を許さぬ。解を記しても良いが営業妨害になる由に付諸賢のお楽しみにしておこう。
なお、後日談を加えてご警告申し上げる。あの事あって暫くたった一夜、同好の友の来訪を受けて数局を戦わした後で、一くさりの手柄話をしてその局面を示したものだ。所がその友人が帰途に詰将棋やの店を覗いたら、今教わったばかりの局面が出ている。しめたと手を出そうとしたら「いや貴方は一度これを詰めたんだから黙って見ててください。題を変えたらやって貰います」と言ってやらせない。「オイオイ僕は始めてだぜ」「いいや、こっちも商売だからこの土地でどの題をどんな人が詰めたかはチャーンと覚えていますよ」と跳ねつけて、強いてやりたくばという風にジロリと凄い一瞥をくれた由、あんな厭な思いをした事はないと後でその友人が語った。人違いとはいえ多少顔立ちが似ていたから有りそうな事だ。それ以来、好きな道故覗いては見るが、一切手出しを仕らぬ事にきめている。相手がテキヤだから我に倣わん御仁は宜しくノサレる覚悟で詰ませられよ。
総じて大道詰将棋なるものは、ケレンがなければ商売になり申さぬ。迷いやすい嵌め手、殊に間駒の奇手に至っては、独特の妙趣を蔵している。尤も絶対に詰まぬものなら立派に詐欺である。木村八段若かりし折、東海道は三島の宿で、旅の徒然に詰将棋やの前に立ち止って局面を見たら、どう考えても詰みがないようである。「おじさん、そりゃ詰まない将棋だぜ」「飛んでもねえ詰まぬものを出すものか」「じゃこうしよう、僕が玉方に廻るからおじさんが詰めてみたまえ。詰んだら僕が払うよ」といったぐあいで、とうとう詰まずに終った。そしてその不正を戒しめてやったら、大道先生嘆じて曰く、「書生さんは強いね。商売人になったらどうだね」だとさ。
これも木村八段から聞いた話だが、街頭詰将棋屋の草分け時代というから十数年前の事、某なる棋士くずれがこの商売をやって、とても繁盛し、一夜に十金を得る事容易だった頃、大阪の岡場所で開業中、当局の取り締まり方針が放置を許さずとして、仲間数名と共に挙げられた。その取り調べの番になったら彼氏弁ずらく、自分は将棋の教授を行いつつ将棋の本を売る者である。他のインチキ共と同視される事は心外なり、速やかに釈放されたいと述えた。すると取調べにあたった警官は、よろしい、いやしくも将棋を教えると申すからには相当の腕前であろう。一番試してやるから来いと、小使室へ連れて行き盤を持ち出してパチリパチリ指し始めた。素人の癖に何程の事やあらんとタカを括って始めたら驚いた。ウッカリするとヒネられそうである。一期の浮沈ここなりと某は鼻の頭に汗を蓄えつつ指す程に、かろうじて勝局を収めた。警官も額を拭って、フーム、なかなかやりおる。この位なら将棋を教えて飯も食えるだろうと、即座に彼一人を放免したという。その後で人に語って曰く、あのお巡りは確かに初段の力があったと。それ以来某は足を洗って正業に就いた由、めでたしめでたしでこの稿も終る事にする。
夏の夜の盛り場を漫歩するのは愉しい。そこにはいろいろの店屋が出ている。金魚屋もいれば植木屋もいる。、食欲をそそる食物店がずらりと並んでいる。そんな中にまじってひょっこり詰将棋屋を発見した時などたまらなくうれしいものだ。(桂子)
【加藤注】
第一図は5手目25金以下17手だが、同飛、35玉、47桂以下の余詰。奇策縦横219番では43桂で修正(左右逆)。
第二図は25角成以下31手。2手進めると奇策縦横85番(左右逆)。
今回は第一図にちなんで大駒3枚の金問題を出題します。収束キズあり。
解答は最終手と手数(と短評)だけでOKです。1名に呈賞。
◇大道棋3 加藤徹
解答締切:1月末
解答送付先 (省略)
メール解答の方はこちらに。 (省略)
◇大道棋2 利波偉 正解
71銀不成、73玉、64金、同桂、82飛成、63玉、52龍、73玉、53龍、イ63金合、
82角、72玉、52龍、ロ62歩合、63龍、同桂、73金、81玉、91角成、71玉、
82馬、61玉、62金、同玉、54桂、61玉、62歩、51玉、42金迄29手。
イ63飛合は、同龍、同桂、51角以下
ロ歩以外の合は、同銀成以下
ちょっと珍しいタイプの金問題だが30題以上の問題がある類型。誘い手は多いものの、いずれもすぐに切れるので作意に入るのは難しくない。
52龍でわざわざ歩を発生させてからの龍切りが読みにくい手。この歩が最後質駒になって詰む。
名越健将「序はこれしかないとは思うが63金合が強い受けで困ってしまう。そこで52龍の強手登場で、1歩稼ぐ。やっと解決しました。しびれました。」
★全短評をおもちゃ箱で掲載。
http://www.ne.jp/asahi/tetsu/toybox/
◇解答者 24名 正解23名、誤解1名
【正解者】 (省略)
【当選者】 (省略)
注1)上記の大道棋3の解答募集は終了しています。解説および全短評をおもちゃ箱で掲載していますので、ごらんください。
注2)上記の大道棋2の解説および全短評はこちら。
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コメント
申し訳ありません。見当違いの所への問合せですが、三島宿での大道将棋のことが分かる書籍や記事をご存知でしたら、ご教示いだけると幸いです。
投稿: 水口 | 2024.05.01 01:29