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岡田敏さん逝去

[2013年8月6日最終更新]
Okada 全日本詰将棋連盟の初代会長、岡田敏さんが5月3日に逝去の報。岡田さんは詰将棋パラダイスだけでも700回以上入選し、詰将棋データベースに登録されている詰将棋の数でも第1位。詰将棋の作品集や詰将棋ソフトも多く、非常に精力的に活動されていた。謹んでご冥福をお祈りいたします。

【訃報】岡田敏氏逝去 (詰将棋パラダイス メモ
 「岡田敏さんが5月3日亡くなられました。88歳でした。岡田さんは本誌において、前人未到の700回を超える入選を果たした大作家。また、全日本詰将棋連盟の初代会長を務めるなど、その功績は測り知れません。ご冥福をお祈り申し上げます。
    (詰将棋パラダイス編集長 水上仁) 」

岡田敏さんのプロフィール(詰パラ2013年6月号より)

生年月日 大正14年6月5日
没年月日 平成25年5月3日
初入選 風ぐるま昭和29年2月号
最終発表 詰パラ平成24年9月号
発表局数 約2500局
ペンネーム 井狩雅人
作品集 「薫紅」S38・10から「蝸牛II」H16・12まで14冊を上梓。
受賞作品 看寿賞1回、塚田賞3回。
全詰連会長(H3~13)、創棋会会長(S55~60)を歴任。


2013年8月6日

  • 最近お亡くなりになられた詰キストの皆様の思い出 (詰将棋の会合 香龍会
      「・・・ お住まいが隣の斑鳩町で、実家からだと自転車を使って20分くらいで行くことができるため、以前休みの日で誰か詰キストが岡田さん宅に来られた際にはよく電話をもらい、ご自宅にお邪魔したものです。詰パラのバックナンバーも揃っていたので、平成4年7月号で「い石詰」の解説をするときは調べさせてもらったりしました。ご自宅のトイレには何も 書かれていない図面用紙だけが貼られていたことを憶えています。 ・・・」

2013年8月4日

  • 岡田敏氏を悼む (冬眠蛙の冬眠日記)        
     「・・・ 小説家で言えば、たとえば横溝正史は数多くの名作に隠れて、結構な数の「?」な作品もあるわけで、岡田氏の詰将棋界での位置づけはミステリ界での横溝のそれに結構近いかな、と思っています。 ・・・ 冬眠蛙の印象に残っている中から1作紹介します。 ・・・」

2013年6月5日

2013年6月3日

  • 詰パラ六月号 (Ma vie quotidienne
     「・・・ 作品以外では、先月亡くなられた詰将棋作家、岡田敏氏の追悼記事と、若島正氏の第2回門脇芳雄賞受賞の記事が目を引く。昨年の門脇芳雄氏、酒井克彦氏、今 年の岡田敏氏と、このところ詰将棋界は超大物といっていい方が相次いで鬼籍に入られている。岡田さんの詰パラ入選回数は750回以上を数え、他誌も含めた 総発表作品数は約2,500作というのだから、驚異的というしかない。 ・・・」

2013年6月1日

  • 岡田敏さんの追悼記事 (詰将棋パラダイス2013年6月号)
    ・ 全詰連の頁 岡田敏さん御逝去 全日本詰将棋連盟会長 柳田明
    ・ 「広め屋」岡田さん 北村憲一
    ・ 岡田敏氏の御逝去を悼む 柴田昭彦

2013年5月23日

  • 岡田敏氏の作品 (my cube
     「僕の尊敬する作家である岡田敏氏が亡くなったとの訃報。詰パラでは700回の驚異的な入選数を誇り、他誌も合わせるとその創作数は計り知れません。御高齢ながらも、作品の質は衰えることなく、2009年1月には中学校で平均2.81点の傑作も発表されていました。今日は岡田氏の作品から僕が好きな2作を紹介します。 ・・・」

2013年5月5日

  • 岡田敏さん死去 戦後を代表する詰将棋作家 (朝日新聞
     「岡田敏さん(おかだ・さとし=元全日本詰将棋連盟会長)が3日、CO2ナルコーシスで死去、87歳。葬儀は親族で営む。喪主は妻節子さん。戦後を代表する詰将棋作家の一人。千以上の作品を発表し、詰将棋の普及に貢献した。」
  • 詰備会と岡田さん (詰将棋劇場blog
     「・・・ 氏の詰棋界への貢献度は筆舌に尽くしがたいものがあります。個人的にもいろいろお世話になりました。謹んでご冥福をお祈りいたします。」
  • 岡田敏氏逝去 (詰将棋の欠片
     「・・・ 植田尚宏・藤井国夫両氏と共に「軽快派」と呼ばれ、数多くの作品を発表。
    全日本詰将棋連盟会長も務められました。
    詰将棋パラダイス・近代将棋・将棋世界の合計入選は1100回を超えます。
    中でも詰将棋パラダイス誌の入選回数は760回超え。
    共に第1位の記録で、破るのは至難の業と思われます。
    何か1作と思い、塚田賞を受賞した「大菱」を載せようとしたのですが、既に紹介しているページがあるようですので「銀蠅」を紹介したいと思います。 ・・・」
  • ss@serisiu
     「詰将棋史に偉大な足跡を残された岡田敏氏が亡くなられたそうです。私は直接お会いしたことはないのですが、氏の詰将棋は数百題という単位で解いてます。大変お世話になりました。岡田氏らしい捌きの詰将棋を一作紹介。近代将棋1992.5(23手)

2013年5月4日

  • 朝日新聞将棋取材班@asahi_shogi
     「山)元全日本詰将棋連盟会長の岡田敏さんが3日、87歳で逝去されました。葬儀は親族で営まれるそうです。戦後を代表する詰将棋作家の一人。1000以上の作品を発表。詰将棋の普及に貢献しました。昭和40年度の看寿賞(短編奨励賞)、初形「王」の字の双玉曲詰をこれから解いてみようと思います。」
     「山)岡田敏さんの盤面初形「王」の双玉詰将棋(「三王詰」)、軽快で爽快感満点の佳作でした。最初、5六の香車で空き王手をかけると、その香車を玉方の角 か桂で成って取られて逆王手になり、どうしても詰まないと思っていたのですが、よく見ると香車は「5六」。駒は成れません。頭腐ってますね……。」
  • さわやかな詰将棋 (不況になると口紅が売れる
     「・・・ 岡田氏の得意な領域のひとつに「清涼詰」がある。最終形で攻め方の駒が2枚になるというもので、いわば最も効率的な手順。収束からの逆算に加え、簡素で美しい初形に落とし込む技術は、さすがとしか言いようもない。「実戦型」「あぶり出し」「不成」と、オールマイティで何でも創れる。小気味よさ、爽やかさが、岡田氏の身上であったと感じる。 ・・・」
  • Problem Paradise@propara
     「追悼文を書くことが嫌いで、実は今まで詰将棋作家の追悼文を依頼されて断ったことが何度か。お許しください、詰将棋作家は亡くなっても、生き続けるべき作品はいつまでも残るのです(看寿、宗看を見よ)。」
     「とは言え、当然ながら岡田さんの思い出はたくさんある。結婚したときに、真っ先にうちの嫁さんをつれていったのは岡田さんのお宅。今から考えると、どうしてそういうことをしたのかよくわからないが、うちの嫁さんに節子さんみたいな人になってほしいという無意識の願望がそうさせたのかもしれない。」
     「あの頃は、わたしも上田さんもよく岡田さんちに泊めてもらったものだ。子供のいない岡田さんにしてみれば、上田さんやわたしが息子同然に思えたのかもしれない。」

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