「茫々馬」と「百千帰」の解説 (2) 回転趣向の開発(「百千帰」解答)
[2014年2月22日最終更新]
おもちゃ箱で2014年新春特別出題として出題した「茫々馬」と「百千帰」の解答・解説の2回目です。
「茫々馬」と「百千帰」の解説(1) (2) (3) (4) (5)
「茫々馬」と「百千帰」の解説 糟谷祐介
(2) 其の一 回転趣向の開発(「百千帰」解答)
(注:引用作品の図面は章末に掲載します。但しインターネット上で容易にアクセス可能な作品は図面を省略します。)
久留島喜内は稀代の趣向作家であるが、殊に回転趣向のパイオニアとして妙案第79番(馬知恵の輪)、第80番(龍知恵の輪)、神局図式第39番(周辺巡り)の三作を後世に残している。
これらを (i)「龍追いを使わない回転繰り返し趣向」、(ii)「回転型龍追い」、(iii)「周辺巡り」 と大雑把に分類してみよう。久留島以後の歴史は大体以下のようにまとめられる:
(i)は80年代半ばまで駒送り趣向が主座を占めていた。
(七条兼三氏作「新・馬知恵の輪」(近代将棋83・10、早詰あり)、杉山正氏作「内海」(近代将棋83・12)、大塚播州氏の諸作品等)
ところで70-80年代は合駒を絡めた趣向が盛んに研究され、現代長編詰将棋が曲がりなりにもその姿形をあらわにした時代であった。この傾向に影響されてか、回転型駒送り趣向は徐々にその座を回転型合駒趣向に奪われていく。
(素田黄氏作「千山」(近代将棋84・6)、河原泰之氏作「巨人の星」(近代将棋88・1、早余詰あり)、今村修氏作「花より団子」(近代将棋98・12)等)
その後00年代はわずかに二馬追いの復興を迎えるものの、今日までシステマティックに研究されているものは私見によれば飛打飛合趣向のみであり、分野全体は新しい発想を欠きながら低空飛行を続けている嫌いがある。
(前掲河原氏作、今村修氏作「月より饅頭」(近代将棋98・12)、菅野哲郎氏作「龍馬がゆくIV」(詰パラ10・6)、類想の作品として添川公司氏の「飛行」シリーズや相馬康幸氏の諸作品も挙げられる)
(ii)は図巧第83番型の構造や、龍追いをモジュール化(別の趣向手順に接続可能なユニットとして構成すること)する昨今の潮流と共振して、長編の花形分野として旧くは七条兼三氏、最近では田島秀男氏、井上徹也氏の諸作品に結実した。
(iii)は昭和中期頓に人気を博し、中でも工藤紀良氏作「金の卵」(詰パラ70・7)に端を発する飛打飛合/龍金送り趣向入りの周辺巡りは平成の初めまで手を替え品を替え作り続けられた。
(本間晨一氏作「愛の日」(詰パラ81・2)、車田康明氏作(詰パラ89・6)、中野和夫氏作(近代将棋99・9)、千々岩倫太郎氏作「LOVEマシン」(近代将棋03・7)等)
この一連の作品は周辺巡りのモジュール化を志向していたと思われるが、わずかに「愛の日」(の角の使い方)にその可能性の萌芽が見られるのみであった。他方周辺巡りを繰り返すという目的に於いては、手法を異にするが浅井和吉氏と日野秀男氏の諸作品(周辺二回転)が不完全ながら一応の成果を上げた。
(「ハレー彗星天回図」(詰パラ86・9、終盤の余詰、変長あり)、「北斗七星燦光図」(詰パラ87・1、早詰あり)、「銀河の夢達成図」(詰パラ87・1、終盤の余詰、変長あり)、「南十字星輝光図」(詰パラ88・3、早詰あり)、「三矢力星天光図」(駒井信久氏との共作、早詰あり):いずれも構造は似通っているため、本稿では最も完全に近い「銀河の夢達成図」の図面を紹介する)
蛇足ながら、西田毅氏作(詰パラ05・5)は(i)、(ii)、(iii)を部分的に取り入れた意欲作であったが、その貢献と可能性は未だに十分に分析されてない。
このように振り返ると (ii)は大凡成熟している反面、(i)、(iii)は積み残した課題と共に宙吊りの状態で推移してきたことがわかる。特に(iii)は昨今新作の発表もなく、分野として半ば死んでいるという感を禁じ得ない。
「茫々馬」の第一の目標は、龍金送りを用いて周辺巡りをモジュール化し、(i)の発展を促進し(iii)に息吹を吹き込むことである。両分野は(ii)に比肩する豊かな可能性を秘めていると思う。例えば、盤の大きさを固定すると(ii)よりも回転型龍金送りの方が進化版馬鋸のような構想と相性が良いだろう。また、知恵の輪の舞台として後者が前者に劣る理由はないし、ある小領域内の回転趣向に外から馬鋸等を掛け合わせるという(ii)の定番手法も(i)に容易に応用可能である。「百千帰」は最後の点を端的に示している。
【作意手順】
18金、29玉、19金、39玉、29金、同玉、18龍、39玉、
[19龍、29金合、49金…(金合、金打)…、79金、同玉、59龍、イ88玉、89龍、97玉、99龍、98金合、96金…(金合、金打)…、95龍、94金合、ロ92金、同玉、ハ94龍、ニ81玉、92龍、ホ71玉、91龍、81金合、61金…(金合、金打)…、61龍、32玉、31龍、23玉、22龍、14玉、15金、同玉、13龍、14金合、16金…(金合、金打)…、17金、同玉、15龍、28玉、18龍、39玉]
(1周目:13金を剥がす)、
[19龍・・・、22龍、14玉、12龍、13金合、15金・・・、18龍、39玉]
(2周目:12桂を取る)、
[19龍・・・、22龍、14玉、11龍、13金合、15金・・・、14龍、15金合、ヘ17金、同玉、15龍、28玉、18龍、39玉]
(3周目:11桂を取る)、
[19龍・・・、31龍、23玉、22金、24玉、23金、ト同玉、35桂、チ14玉、リ11龍、13金合、15金・・・、18龍、39玉]
(4周目:21金消去→35桂)、
[19龍・・・、94龍、81玉、92龍、ヌ71玉、91龍・・・、61龍、51金合]
(5周目:収束へ)、
52歩成、同銀、ル31金、同玉、51龍、ヲ41金合、32歩、ワ同玉、44桂、カ21玉、41龍、同銀、12金、同玉、34角、同と、23金、11玉、12歩、21玉、54角、同と、22銀迄403手。
【変化・紛れ】
☆詳細はonline appendix (PDF) を参照のこと。
イ 69金合は78金、89玉、69龍、98玉、88金打以下。
ロ 83金は同香、同歩成、同玉、73歩成、同玉、83角成、同玉、84香、73玉で逃れ。
ハ 73歩成は81玉、82と、同玉、83角成、71玉で逃れ。
ニ 93金合は73歩成、81玉、82と、同玉、93龍以下。
ホ 同玉は73歩成、81玉、92角成、71玉、82馬、61玉、72馬、同銀、同と、同玉、73歩、同玉、82銀、72玉、83歩成、61玉、71銀成、51玉、52歩成、同玉、61銀以下。
ヘ 28桂は同銀生、17金、同銀で逃れ。
ト 11桂を残したままだと23金に同桂で逃れ。21金を消去するタイミングはこの瞬間に限定されている。
チ 24玉は22龍、14玉、23龍、15玉、13龍以下作意手順通りで同手数。但し、23龍の替わりに12龍、13金合以下の迂回手順あり。35桂に14玉は希望限定。
リ 21金を消去したのでこの手が指せる。
ヌ 同玉は73歩成、81玉、92角成、71玉、82馬、61玉、72馬、同銀、同歩成、同玉、83歩成、同玉、84銀、72玉、54角、同と上、73銀打、61玉、52歩成、同玉、64桂、同と、53歩、41玉、52銀以下作意手順より二手早い。
ル 53桂は同成銀(同と又は同銀は31金以下詰む)、31金、同玉、51龍、41合、32歩、21玉で逃れ。54成銀を生銀に換えると53桂から余詰む。
ヲ 41銀は32歩、同玉、44桂、同と上、54角、同と、23金以下。
ワ 21玉は41龍、同銀、13桂以下。
カ 同と上は、54角、同と、23金以下。同成銀は、23金、31玉、43桂、同銀、32歩、同銀、同角成迄。
棋譜ファイル・手順の鑑賞
- 棋譜ファイル: kinen017b.kif
柿木義一さんの Kifu for Flashを使わせていただいています。手順が鑑賞できない場合はFlash Playerをインストールしてください。Flashがご利用になれない場合は、棋譜ファイルをダウンロードして柿木将棋などkif形式のファイルに対応したアプリで開いてください。
本作の過去の関連作品との決定的な違いは左上部に現れている。「金の卵」の81と金、中野和夫氏作の82と金、車田康明氏作の76桂(84に跳ねる)は全て下から上がって右に転回するために不可欠な配置であるが、通常一周すると玉に食われてしまうため二周目以降を支えることはできなかった。他方「LOVEマシン」はいみじくも「下から上がって右(左)に転回する」箇所を省いた。翻って、本作は73歩成からの詰み筋を含みにして余計な駒を排除し、繰り返し回転させることに成功した。技術的に言えばこの点が本作の要である。
フェアリー駒を使わないフェアリー詰将棋では、神無三郎氏作「かごめかごめ」(詰パラ00・6、ばか詰)の周辺二回転が最高か。詰中将棋ではせいぜい一回転。伝統ルールの二回転が成功していないことを考えると、本作の四と四分の三回転は記録としてそれなりに価値があると思う(但し周辺三十二マス全てを通過するわけではない)。
パスファインダーさん 「長手数作品の解答は初めてなので自信はありませんが、趣向が明確で楽しく解かせてもらいました。金捨金合による龍追いが往復機構ではなく、周回機構で新鮮でした。収束にどう入るか迷いました。最後は角が二枚とも消えて気分がいいです。」
☆ありがとうございます。変化、紛れを「読まない」領域に「隠して」易しく作るのがスマートだと思っています。
永島勝利さん 「追い趣向の曲がり角と収束の両方が楽しめる好作。」
☆曲がり角が趣向成立の肝です。収束は候補の中で唯一生き残ったのがこれでした。
井上徹也さん 「 「茫々馬」を解いた後だと盤面が狭く感じますね(笑)余滴という事ですが、何人かの作家がチャレンジするも完全な形では表現出来なかった「金打金合で盤面をぐるぐる回る」という夢を実現されていて、普通ならこれだけでも凄い作品です。2枚の角の配置が解決の鍵だったのかもしれませんね。置駒を剥がした後にもう一周するのが巧く、収束も大駒を叩き切って力強く決まっています。
☆9×9は狭すぎますね。実は角一枚でもぐるぐる回ります(後述)が、収束させるためにはこの二枚角の配置が必要でした。
鈴木彊さん(誤答) 「序から終盤までの龍金での玉の追い回しは楽しいものでしたが収束直前の乱打戦には驚きました。最後は詰むように仕上げるしかありませんでした。」
☆収束で躓いてしまいました。「92龍、同玉」の変化の詳細はonline appendixをご覧下さい。
竹中健一さん 「頭の中で手数を数えるのに一苦労です(苦笑)もう少し捌けて収束だったらもっと良かったのですが…最初は83金から収束に入ると思っていたので、結構苦労しました。」
☆収束の捌きにはこだわっていません。逆に捌けても長い収束は避けたいと考えます。
池田俊哉さん 「一筋の駒剥がしは明白だが、第一段の打開策である35桂が見えにくくそのため21金消去が難手となっている。第二段の52歩成はもっと見えにくいが… 別の見方をすれば不完全ながら周辺めぐりで、四周半ともなればかの浅井和吉さんも脱帽ではないか」
☆「伝統ルールで10回転は無理だと思う。」(上田吉一、『極光II』、2003)この予想が覆される日は近いと思います。
岸本恭尚さん 「私の解図力でもけっこう玉を追えますので、長手数作品の解図に挑戦してみようという気にさせていただいたありがたい作品でした。」
☆繰り返し趣向作は解きやすいと思います。また挑戦してください。
佐藤司さん(無解) 「筋は概ね分かるのですが…、残念ながらこんな結果に終わってしまいました。」
☆知恵の輪の鍵(35桂、52歩成)が見えにくかったかもしれません。また挑戦してください。
隅の老人Bさん 「金合、金打趣向の新記録?回数は?数える気は全くありません、どうせ解説時にテツ先生が教えてくれる。新年早々、この作品を解図して、今年は金運あり、そんな気がする作品です。」
☆金合は73回(新記録)です。72という数字が好きなので本当は一回減らしたかったのですが、他に良い収束が見つかりませんでした。
小山邦明さん 「玉方の1筋の駒を龍で入手するため、金送りで玉を盤端に何回も回転させるというすばらしいアイデアの楽しい作品だと思いました。」
☆これは図巧第83番以来の伝統ですね。図巧第100番のアイデア(剥がし)も応用可能かもしれません(例えば35桂で43成桂を何度も剥がす)。
嵐田保夫さん 「途中2二、2三金の妙手順がなかなか見えずに無限地獄に陥りそうになり何度か8筋から暴発してしまったが、何とか踏みとどまった。収束も4四桂で締めるなど見事で正にgreat !」
☆83金や73歩成の不詰筋をもう少し簡単にしたかったのですが、技量不足でできませんでした。解答ありがとうございます。
57飛は飛合を消して合駒を限定させるための配置。角も実は一枚あれば回る。収束を無視すると次図のようなコンパクトな回転ユニットが構成可能。余った飛、角を使って(進化版)龍/馬鋸等を組み込める可能性を示唆している。
喜内ストの端くれとしては馬を使った「銀打、銀合」回転趣向も手掛けて矜持を示したいところだが、これは今後の課題としたい。現代的な味付けとして周辺逆回転も入れたいが拡大盤を使わないと難しそうだ。
(i)や(iii)を改めて研究する目的は、畢竟回転趣向にまつわる対抗系ルール特有の表現型や考え方を示すことである。そのために、私は拡大盤と非標準駒(数)を積極的に取り入れたいと考えている。「百千帰」はいささか視野狭窄に映るかもしれないが、七~九筋で玉方の駒が成れることは構想成立に寄与していないから、これは拡大盤に埋め込み可能な9×9の小領域内における玉の回転趣向ユニットを自ら提示しており、その点に固有の価値を見出せると思う。
久留島喜内の遺産を咀嚼することも大切だが、同時に協力系ルールの可能性や限界も学ぶ必要がある。その点、(広義の)回転趣向の第一人者、上田吉一氏の一連の作品から得られる物は大きいと思う。
(『極光II』第4番(『この詰将棋がすごい2012年度版』を参照のこと)、5番(この詰)、15番(円筒上の回転、入れ替えパズル)、28番(順回転で金を動かし、同時に動いたGiを逆回転で元の位置に戻す…噛み合ったギヤを歯が外れないように調整しながら動かす感覚)、33番(ViでRlを順回転させ、その二枚で馬を徐々に逆回転させる…Viだけでは馬を回転させることができない)、51番(この詰)、65番(回転趣向とパリティーの邂逅)、84番(入れ替えパズル)等。)
【引用図面】
フェアリー駒:G=Grasshopper、+G=Royal G、Nr=Nightrider、Gr=Girafferider、C=Camel、Lo=(Queen-)Locust、Li=Lion、La=(3,5)-Leaper、Lb=(7,8)-Leaper、Vi=Vizir (Wazir)、第15番のLp=(0,3)-Leaper、桂r=桂-rider、Pa=Pao(炮)、▼=Pyramid、Gi=Giraffe、Rl=Rook-Locust+飛、横向きはneutral駒、Va= Vao、第51番のLp= (8,8)-Leaper、騎=Knight、Fe=Fers、Rh=Rookhopper
(「茫々馬」と「百千帰」の解説 (3) 馬鋸の進化 に続く)
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コメント
Great article.Really thank you! Will read on…
投稿: Riley | 2014.03.07 04:02