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「茫々馬」と「百千帰」の解説 (3) 馬鋸の進化

[2014年2月26日最終更新]
おもちゃ箱2014年新春特別出題として出題した「茫々馬」と「百千帰」の解答・解説の3回目です。

「茫々馬」と「百千帰」の解説(1) (2) (3) (4) (5)


「茫々馬」と「百千帰」の解説   糟谷祐介

(3) 其の二 馬鋸の進化

(注:引用作品の図面は章末に掲載します。但しインターネット上で容易にアクセス可能な作品は図面を省略します。)

 久留島喜内は駒に生命を与えて、有機的に動かすことに殊更関心が深かったと思う。その際、ある感覚的な発想を龍、馬両方に使い回すのが彼の癖であった。妙案第53番(馬桂追い)と第54番(龍桂追い)、第70番(飛龍送り)と第76番(二馬送り)、第79番(回転型馬追い)と第80番(回転型龍追い)の対比が顕著な例であろう。(蛇足ながら、妙案第45番(角先角桂)と橘仙貼壁第45番(飛と桂の不利交換)は理知的な発想を飛、角に応用した好例と思う。)

 この前提知識を以て『妙案』、『橘仙貼壁』(「壁」が正しいと思う)を鑑賞すると、両書共に途端に不足を訴えてくる。なぜ龍鋸(橘仙貼壁第30番、第54番)があって馬鋸が無いのか、なぜ二馬追い(橘仙貼壁第2番、第118番)があって二龍追いが無いのか。生涯「数百条の詰物を作」った(『山路君樹先生茶談』)久留島のこと、きっとどちらも手掛けてどこかの壁に貼りっぱなしになっているのだろうけれど、この二点は未だに趣向プロットの歴史におけるミッシングリンクなのである。(この問題に興味がある方は章末の「考察」もご覧下さい。)

 二龍追いは他の論者に譲るとして、久留島の馬鋸である。彼がもし現代に生まれ落ち、過去の作品を咀嚼し柿木将棋を得て、その技術神髄に徹することがあれば、おそらく馬の軌道と動く速度に気魄を込めた超凡な馬鋸を披露すると思う。彼は三代宗看や看寿と異なり何か一貫したロジックでテーマを表現することに拘泥しない性格であったから(但し妙案第77番を見よ)、例えば橘仙貼壁第54番のような局面分離と打開の手法を用いて、馬に知性を感じるような不規則的運動を目指す気がするのだ。

 「軌道」と「速度」という二つの価値に照射して、蘇った久留島の目に映るはずの過去の馬鋸作品を分類すると、歴史の新たな一面が姿を現し始める。

(他の構造的条件に比重を置いた分類は「新・馬子唄集」(護堂浩之、詰棋めいと9号(1989・7)-19号(1995・11))、又は『漫陀楽』(大塚播州、2012)を参照のこと。馬鋸(引き、追い)と馬追いの峻別は実は大変難しく、往々にして末梢的な論点に陥りがちであるため今回は敢えて日和見的な立場を取ることにする。大塚播州氏が『漫陀楽』の中で喝破されたように、馬鋸(引き)の本質は馬の軌道ではなく、馬と玉の間の距離が伸縮変化することで手順の進行に意味が生じることにある。この点は常に心がけたい。最後になるが、過去におそらく400は超える数の(広義の)馬鋸作品が発表されており、とてもそれらを網羅することはできなかった。各発想の原初形態を取り出し、私が認識している範囲の中で一号局を並べたけれど、調査漏れの可能性は大いにあることを先にお断りしたい。)

 馬鋸の歴史は大矢数(1697)番外に始まり、それを上下ひっくり返した無双第30番(1734)、一気呵成に下りる無双第26番(1734)、基本馬鋸を二手毎に一単位と看做して単位間に一定の時間を挿む「二手馬鋸」の嚆矢となった山田修司氏作(詰パラ51・11)、左右で馬鋸をする奥薗幸雄氏作「左右フック」(王将54・5、不詰だが修正は容易)、筋違いで馬鋸をする駒場和男氏作「世界大戦」(発表時「ギャーチェンジ」(詰パラ62・8)、『ゆめまぼろし百番』第68番)、ブーメラン型に動く福田桂士氏作「馬子唄」(詰パラ66・11)、多段馬鋸の走りとなった黒川一郎氏作「天馬」及び「荒駒」(共に詰パラ68・4)、基本馬鋸を一手毎に一単位と看做して単位間に一定の時間を挿む「一手馬鋸」の先駆的な試みであった上田吉一氏作「ポリリズム」(詰パラ71・11)、一手ずつゆっくりと上昇する河原泰之氏作「SWING」(近代将棋86・12、早詰だが修正可能)、移動を重ねながら彼方此方で馬鋸をする駒場和男氏作「六冠馬」(近代将棋88・6、早余詰あり)、軌道と速度に同時に不規則性を導入した馬詰恒司氏・摩利支天氏合作「FAIRWAY」(詰パラ96・9)、縦横1マスずつではなく2マスずつ動くTETSU氏作(おもちゃ箱No.35@nifty 、98・9)、そしてZ状の軌道を描く福田桂士氏作「馬追唄」(詰棋めいと26号、99・7)と続く。

 21世紀の馬鋸は、二枚馬が連携して有機的に動く趣向や、馬鋸を手数延ばしの道具として使うような応用分野にパワーシフトしていることは疑いようのない傾向であるけれど、上のように歴史を振り返れば基礎研究にも放置されたダイヤの原石があり、未踏の領域が広がっていることは明らかだと思う。軌跡に関して見ると、「馬鋸は斜め一方向に動くべきである」という固定観念から逸脱している諸作品は古くからあるが、昨今後続研究に乏しい。速度に関して見ると、「二手馬鋸」、「一手馬鋸」が生まれたが、他方「三手馬鋸」や「四手馬鋸」は聞かないし、それらを「FAIRWAY」のように不規則に繋ぎ合わせる試みがまだ残っている。

 「茫々馬」の第二の目的は、軌道、速度という二つの観点から馬鋸を進化させ、近年滞りがちな基礎研究の再興を促すことである。具体的には以下の三点を心がけた:(1) ある時は一手分動き、別の時は五手分動くような緩急をつけること、(2) 馬が円周を含むなるべく複雑な軌道を描くこと、そして(3) ある地点から別の地点に跳躍するような動きを複数回入れること、である。(1)に関しては、思想レベルでは橘仙貼壁第54番及び「FAIRWAY」、実装レベルでは「SWING」、TETSU氏作、及び菅野哲郎氏作「The Long and Winding Road」(propara@twitter、10・3)の縦横に2マス以上続けて動く馬鋸を取材した。(2) は橘仙貼壁第6番、福田桂士氏の「馬子唄」(及びその発展形である菅野哲郎氏作「MELODY FAIR」(propara@twitter、10・6))並びに「馬追唄」、(3)は「六冠馬」及びそのある意味発展形である大塚播州氏作「孫悟空」(詰棋めいと29号、01・5)が類想の作品として挙げられる。

 何鋸の類いは近頃フェアリーの協力系ルールに好作が集まっているが、(直近の例では上田吉一氏作(WFP63号、13・9、PWC打歩ばか133手)と橘圭伍氏作(WFP64号、13・10、PWCばか自殺142手) )拡大盤を使えば対抗系ルールでも十分に新境地を開拓できると思う。今後は「茫々馬」の構造を援用した進化版龍鋸、或いは幾分観念的な言い方になるけれど、龍追いや馬追いを一手毎に細分化し、それらを不規則なタイミングで繋ぎ合わせるような構想にも取り組めそうだ。おそらく久留島ならばそういう道を歩むだろう。

考察:

 可能性は低いけれど、仮に久留島が二龍追いを手掛けなかったとすると、それは「不思議さ」や「意外性」を伴った作品ができなかったからであろう。久留島の薫陶を受けた現代作家ならば誰でもこの趣向を按じた経験があると思う。二枚龍である程度動き回れることは自明だが、少なくとも9×9盤では表現型又は構想レベルで非自明な領域を開拓することは難しい。(尚、この方面の興味深い試みとして石本仰氏作(近代将棋07・5)を参照のこと。)

 龍鋸、金鋸、銀鋸、回転型龍追い、回転型馬追い、往復型龍追い、往復型馬追いにまで独創性を発揮し、コレクターとしても時代を越えて世界に冠絶した才能を示した久留島が馬鋸も思案したことは論を俟たない。私は、ずばり無双第30番こそが久留島の作品ではないかと考える。根拠は多岐にわたるが、詳述するには余白も調査も足りないので、ここでは手がかりを列挙するに留め諸賢のご高教を仰ぎたいと思う。

  • 久留島喜内(1693頃-1757)と伊藤家(三代宗看:1706-1761、看寿:1719-1760)の間に交流があったことは、『詰将棊玉手箱 甲』にある「名人に飛角交わり」という書き込みから推定される。(詳しくは「将棋妙案の研究 その後」(門脇芳雄、詰パラ73・2)を参照のこと。歴史学的研究のサーベイは、「史料に見る久留島喜内」(福田稔、詰棋めいと31号、02・11)を見よ。)
  • 無双第30番は逆算法か狭義のドッキング法(二つの発想、素材を序盤と終盤に埋め込んで、間を繋ぐような創作法)を用いて作られており、これは『無双』の他の作品から窺い知れる三代宗看の創作法ではない。(『この詰将棋がすごい2012年度版』「上田吉一 ロング・インタビュー」も参照のこと。)
  • 他方、久留島は拙いながらも逆算法の経験があり(逆算をしながら駒の効率性を担保することに興味がないだけのようにも見えるが)、またドッキング法を幾度も試みた形跡がある。(各種立体曲詰の他、妙案第33番、第50番等。)
  • 上に関連して、無双第30番のような大型で対称形の詰め上がりを久留島は『妙案』の中で幾つも手掛けている。他方、三代宗看の曲詰は無双第30番唯一作である。
  • 無双第30番の金消去の伏線は、「序盤に工夫をして後に趣向を成立させる」という思考法を体現しているが、これは妙案第48番の伏線手(68角)に通底するものがある。
  • 『無双』と『妙案』、『橘仙貼壁』の間には看過できないほど(享保以前に作例が無いにも関わらず謎の衝突を起こしている)多くの類想の作品がある。(無双第12番(無仕掛からの龍追い)と妙案第84番、無双第14番(煙)と妙案第96-第100番、無双第16番(大駒の逐次辞去)と妙案第15番、無双第19番(生飛追い)と妙案第77番、無双第26番(飛車の最遠打から駒送り)と妙案第58番、無双第31番(回転型龍追い)と妙案第80番、無双第34番(何の変哲もない収束だが)と妙案第26番、第30番、及び橘仙貼壁第22番、無双第69番(金斜め追い)と橘仙貼壁第6番、無双第72番(金鋸)と妙案第59番及び第73番、無双第85番(おそらくドッキング)と妙案第33番、無双第100番(不規則龍追い)と妙案第78番及び橘仙貼壁第54番。他にも怪しい例が散見される。)(看寿が久留島の趣向プロットを換骨奪胎していることについては、「久留島喜内の想像性」(大塚播州、詰棋めいと31号、02・11)が詳しい。)
  • 無欲で著作一つ残すことがなかった久留島であれば、図式百番を幕府に献上するという大仕事に取り組んでいた三代宗看に自作を譲渡したとしても不思議ではない。(『無双』が献上されたのは1734年、『図巧』は1755年、『妙案』と『橘仙貼壁』は久留島の没後(1757年以後)に刊行されたと推定されている。)

【引用作品図面】

Umanoko01 Umanoko02 Umanoko03 Umanoko04 Umanoko05 Umanoko06 Umanoko07 Umanoko08 Umanoko09

「茫々馬」と「百千帰」の解説 (4) 趣向ドッキング方式の発展 に続く)

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