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「茫々馬」と「百千帰」の解説 (5) 諸作品観の変革

[2014年3月23日最終更新]
おもちゃ箱2014年新春特別出題として出題した「茫々馬」と「百千帰」の解答・解説の5回目(最終回)です。末尾に特別出題の全解答者および当選者(井上徹也さん、岸本恭尚さん)を掲載しています。

「茫々馬」と「百千帰」の解説(1) (2) (3) (4) (5)


「茫々馬」と「百千帰」の解説   糟谷祐介

(5) 其の四 諸作品観の変革

 一行の詩としての短歌や俳句に固執するのは止めて、複数行に跨がる自由な形式の詩を書けばよい、という考え方には百年近い歴史がある(『新体詩抄』の刊行、1882年を転換点とするなら約130年)。普通詰将棋を明治以前の文語定型詩、フェアリー詰将棋を西洋詩の影響を受けた新体詩、或いは象徴詩に喩えると、拡大盤詰将棋は言うなれば現代の口語自由詩である。現代詩がその役割を摸索し続けているように、拡大盤詰将棋も古い感覚を打破しつつ己の役割を見つけて欲しいと思う。本章では、「茫々馬」を通して浮き彫りにされる、新しい時代の作品観について考えてみたい。

拡大盤、非標準駒(数)について

 詰将棋の本質を、駒捌きの妙といった表面的な問題から背後の思考/夢想に取り戻そうとする立場からすると、日々の創作活動は人間の凡そあらゆる精神活動との関連の中に捉え直すことができる。そして、この思索を徹底するためには、詰将棋が究極的には人間性の発露を受け入れるほどの器を持たなければならないという思いに至る。要するに、今に伝わる将棋のルールやその価値観(実戦形は自然とか自陣成駒は不自然とか)を捨て、拡大盤、非標準駒(数)、フェアリールールに向かわざるを得ないのだ。

 非「標準」詰将棋の歴史は、小原大介の詰小将棋(綱目第10番、1707以前に制作)、初代伊藤宗看(『中象戯作物 図五十』、1663年)、三代伊藤宗看(『中将棊作物・延享三年版』、1747年)の詰中将棋、横田幸歩氏の非王手義務ばか詰(将棋月報27・1)(玉方実戦初形、攻方54銀、持駒歩、5手)等にまで遡ることができる。また、15世紀に作物(詰将棋)の記録がある(『新選遊学往来』;『将棋I』(増川宏一著、第6版、2005、法政大学出版局)参照)ことから、室町時代か或いはそれ以前には、中将棋等の大型将棋盤で詰将棋が作られていたと予想される。私が(詰チャトランガではなく)18×18詰将棋を規定し、「茫々馬」を創っておこうとするのは、あえて人のやらないことをやろうとする思いからばかりではなく、このような詰将棋の伝統に寄りすがり、新しい思考法を古い其れとの対比の中に捉えたいと思うからである。

いわゆる繰り返し趣向について -なぜ繰り返すのか-

 繰り返し趣向の律動美、これ即ち音楽的リズムの世界であるとこれまで繰り返し主張されてきた。しかし3回や4回ならいざ知らず、しつこく何度も同じ手順を繰り返すのは単調で飽き飽きする嫌いがあると思う。「茫々馬」は周辺巡りを55回も繰り返すのだけれど、これをこのまま鑑賞しようとすると抑揚が無く、クレッシェンドを排除した「ボレロ」のようで退屈極まりないだろう。

 リズムという側面と、上述の倦怠の話を敢えて無視すると、何回も繰り返「せる」ことと、何回も繰り返すことの評価は本来一致してしかるべきだと思うが実際は乖離している。その第一の理由は長手数偏重というか、体裁を見て内容まで評価が届かないという、凡そあらゆる生産-消費活動に共通する問題点にある気がする。また、繰り返「せる」ことの最もストレイトフォワードな証明は繰り返して見せることなので、つべこべ言わずに繰り返せという共通認識があり、それが何回も繰り返「さない」ことと何回も繰り返「せない」ことの混同を招いている可能性が高い。後述する収束の話と関連するが、拡大盤を許容すれば一定回数繰り返し可能であることの証明手段が広がるため、実際に繰り返し回数を増やして見せることの価値は著しく減退すると予想される。

 そもそも、現代ではあるユニット(手順の固まり)が繰り返し可能と証するだけでは、少なくとも長篇詰将棋を研究している人間にとっては一驚を喫せしめるに過ぎない。或いは、分離型ドッキング、モジュール化等の定番手法を用いたとしても、繰り返しの構想を9×9盤に詰め込むことそれ自体を評価する考え方もあるかもしれない。しかしそこに詰め込められるかどうかというのは、思考や夢想の問題ではなく純粋に技術の問題であるから、やはり詰将棋の本質とは関係がないと思うのだ(無論、技術的貢献等の付加価値がある場合はそれをそれとして評価するべきだけれど)。

 繰り返すだけではダメ。繰り返し可能と証するだけでもダメ。特に拡大盤を許容するとこれらのダメさが際立つ。よって、「あるユニットを繰り返すことに比重を置き、繰り返す機構(繰り返しに意味を持たせる構想を含む)には道具的価値のみを認める」という思考法には明るい未来が無いと思う。(勿論新しいリズムの創出という道が残されているが、そういうのは音楽やダンスに任せておけばよく、詰将棋の役割ではないという気もする…。)ここに来て、私たちは今一度「なぜ繰り返すのか」という問いと向き合うことを迫られているのである。

 結論から言うと、繰り返し趣向は繰り返し部分の道具的価値を探る方向に進まざるを得ないと考える。その方向の例は、まずパズル性を重視する知恵の輪趣向がある(例:『妙案』、『極光II』の諸作品)。次に、繰り返し趣向が何かしらの形で埋め込まれた非分離型ドッキングがある(例:河原泰之氏作「天と地と」、大塚播州氏作「聖火」)。最後に、「茫々馬」が提示する第三の道、即ち繰り返し手順(周辺巡り)を添景に、必ずしもパズル性を要求しない類いの繰り返す機構(進化版馬鋸)を強調するという主客転倒の道がある。「なぜ繰り返すのか」という先の問いに対して、この三本の道が導き出す、「繰り返し部分を道具として利用することで初めて実現できる主題があるから」という答えの中に、繰り返し趣向の未来があると私は信じている。

収束は気にするべからず

 昔は「長篇作も終り悪るければすべて悪るし」と言われたが、時代と共にこの常識も変わりつつあると思う。着地を一応整えるのは夢想が妄想でないことを証明するためであるが、思考/夢想本位の立場からすると手駒を余らせない、余詰を排除する等というのは問題の末の末である。特に手駒余り禁止則は審美的な要請という側面が大きいから(勿論「作意手順」同定に役立つという側面もあるけれど、真剣に考える必要はないと思う)、双玉禁止則とか自陣成駒禁止則みたいなものであまり意味がない。

 では、収束の表面的な「お粗末さ」(余詰、変長を含む)と、思考/夢想の欠陥を突く其れとをどのように区別すればよいだろうか。一つの有力な方策は、盤を拡大し、駒を追加することで「完全な」手順を見繕うこと、或いは何かしらの手段で見繕い得ることを示すことである。必要とあれば具体的な作例によって証明を補足すればよい。この見方を受け入れるならば、作家は収束探索という、あの膨大な時間を奪う実り無き苦行から解放されると思う。

コメント

井上徹也さん(コメント前半) 最初にこれを見たとき盤面の異様さにまず目を剥き、その後笑い出してしまいました。盤を拡大したらこんな事が出来る、というのは飲み屋の与太話で終わってしまうのが普通ですが、それを深く掘り下げここまで格調高い作品に仕上げた手腕・情熱が素晴らしいと思います。作品としては最外周を巡る竜と玉・その内側で複雑に動き回る馬、という内容で、9×9では絶対に表現できないテーマというのが当たり前ですが良いですね。馬の動きも単純な馬鋸などではなく、4箇所にある遮断駒の開閉を意識しながらなんとも形容しがたい(=独創性があるということ!)もどかしい動きをしています。

☆解答、コメントありがとうございます。従来型の長篇創作は、長い年月をかけてアイディアを形にする必要があり、非効率的だと感じます。拡大盤を使えば思考と夢想のリミッターを外せますし、余計な制約を気にしなくてよいため創作時間が短縮でき、楽しめること請け合いです。(「茫々馬」は構想と下調べ15年、創作3ヶ月。)

井上徹也さん(コメント後半) e7のと金を如何に取るかが解図上のポイントですが、一直線に取りに行くと馬の行く場所が無くなってしまうので予めd7の香車を移動させておく必要があります。その為にはb5の金を移動させる必要があり、その為にはd3の成桂を・・・と論理が積み重なっている訳ですね。意味づけはシンプルですが的確に表現されています。また、収束の入り方で、最後96馬としてからと逆王手で逃れる仕組みも巧いですね。96馬で始まり96馬で終わる所は最大限の動きで複雑な馬の軌跡を生かし切った感がありますし、作者の美意識も垣間見えます。解くうえでウッカリしやすいのが最後だけi1の歩が取れる事。これに気が付かないと目を皿にして馬で取れる駒を探す羽目になります^^;ともあれ、雄大な名局楽しませていただきました。今回の作品に当てはまるか分かりませんが、9×9でうまくいかないテーマをとりあえず拡大盤で表現してみる事が問題解決の糸口へ繋がる事もありそうですね。

☆96馬(2周目)から96馬(55周目)は意識しました。また、a6馬(25周目)から96馬(55周目)まで不完全ながら馬鋸を一往復させる点にも気を配りました。9×9盤では収束が見つからず、お蔵入りしている作品の話をよく聞きますが(某氏の某角生趣向とか)、そういう素材は是非拡大盤を使って完成させてほしいと思います。

たくぼんさん(私信より引用) 盤が大きくなって駒数も増えたことで、いろいろな謎解き部分が増えて面白さも倍層(いやそれ以上か)でした。 出来ることなら、Kifu for Windowsでこのサイズと駒数が使えれば解図もより楽しいことになったと思います。 フェアリー駒も使用できる仕様であればフェアリスト大喜びなんですが、どなたか作ってくれませんかねえ。

☆解答、早詰指摘、コメントありがとうございます。18×18盤なら碁罫紙がありますし、紙かビニールの囲碁盤に安い小さめの駒を並べれば事足りるのですが、27×27盤や無限大盤を扱う場合はソフトが必要不可欠です。手軽に盤の大きさが変更でき、配置操作、保存、印刷ができるソフトをどなたかに作って頂きたいと願います。

まとめ

 雑誌には様々な制約があるから、作品の貢献と発展性を充分に伝えることができない。事実、目に付きやすい「完成度」や、(往々にして、過去に作例が無いという以上の含蓄を欠く)「新味」ばかりが取り立てられがちである。これではいつまでたっても和敬清寂のような真の意味での物差しが作れない。語るべき内容を持つ作品は、今後益々インターネット上で発表され、「良問詰め将棋」とマニア向け「詰将棋」の発表媒体は自ずと分離されていくと思う。

 「茫々馬」と「百千帰」の主要な貢献と発展性はこれまで書き連ねた通りであるが、9×9盤という手枷をはめることの不毛さを具体的な作例で示したことも付け加えておきたい(「百千帰」よりも「茫々馬」の方が面白いでしょう)。

 本稿では作品解説がてらやや脱線しつつ、古典に関する自説を述べてみた。中にはfolk knowledgeもあったかも知れないが、その場合は暖かくご指摘いただき、研究のフロンティアをご教授いただければ幸いである。

  • 草創期の詰将棋は「実戦の読みの練習問題」であり、テーマが無く創意工夫も感じられないとよく言われるが、初代大橋宗桂の作品を通して鑑賞すればわかるようにこれは誤解だと思う。
  • 久留島喜内こそが、ドッキング法を思考法としてシステマティックに展開した最初の人物である。
  • 無双第30番は久留島の代作と思われる。『無双』は随所に久留島の影響が忍び込んでいる。
  • 『妙案』、『橘仙貼壁』に紛れ込んでいると言われる「駄作」は、大方ドッキング法の実験的作品か、或いは角先角桂、金先金香等のやや解りにくい構想作である。久留島は駒の利きを網羅的に研究しており、その中には打歩詰打開の興味深い構想もあるから、「駒の軌道に執着した平明な作風」というステレオタイプは改める必要がありそう。
  • 龍追い、二龍追い、縦型龍鋸の歴史は、従来考えられている以上に遡ることが出来る。縦型龍鋸の第一号局は大道棋氏作(将棋月報、1935・12)(「温故知新」内の「縦型龍ノコ1号局について」を参照のこと)と目されているが、橘仙貼壁第54番でよいのではなかろうか。(少なくとも、久留島は縦型龍鋸を意識して此れを作ったと思う。)

 「茫々馬」、「百千帰」の作意が本結果稿を通して読者諸氏に正しく伝わり、今後の創作、研究活動の一助となれば幸いである。

謝辞

 何よりもまず加藤徹氏に感謝致します。氏は「茫々馬」、「百千帰」の発表機会を用意してくださるのみならず、関連作品の蒐集、諸概念の整理も手伝ってくださいました。また再三提出が遅れた原稿を辛抱強くお待ちくださいました。井上徹也氏との議論は両作品の創作、考察の糧となりました。上田吉一氏からは「百千帰」に対し有用なコメントをいただきました。最後になりますが、文献調査を手伝ってくれた友達、解答を送ってくださった方々、そしてこの長文の解説を我慢して読んでくださった皆様(ここで終りじゃないぞよ、もうちっとだけ続くんじゃ)にも感謝申し上げます。

補足と未解決問題

  • 「茫々馬」の作意手順は歩(と金)を取って戻ってくるオーソドックスな馬鋸の装いだが、変化はやや趣が異なる。変化図((1) 「茫々馬」解答、「d6香、gaと」以降の手順)は、馬と成桂(横3筋)、成香(縦3筋)、と金(縦6筋)、と金(縦g筋)の間の緊張関係(均衡)を崩すこと自体が馬鋸の目的となり得ることを示している。

    ところで普通詰将棋がある種の対抗系ルールと詰みを要請する以上、趣向の目的に関する考察もまずはこの二つを中心に展開できるはずである。特に「対抗」をせめぎ合いと捉え、詰まそうとする力と逃れようとする力の均衡(詰みと不詰めの中間状態)から不均衡(詰/不詰が確定する状態)への移行を一つのテーマとして掘り下げることが可能と思う。技術論的な言い方をすると、「茫々馬」の要諦は攻方(馬)と守方(上述四枚の駒)がせめぎ合う安定した(攻/守方の些細な変調で攻/守方にとって有利な不均衡に変化しない、まさにこの意味でゲーム理論的な)均衡と、変化/紛れで見え隠れする不均衡を如何に対比させるかという点にある。作意手順は均衡から逸脱することなく、即ち馬と四枚の駒によって規定されるシステムの内部で詰/不詰の判定を下さないまま収束する。そして、作意手順と対比させる形で、上述の変化手順(此れを作意手順に昇華させることも可能)において均衡から不均衡への移行を実現できたと考えている。

    趣向の目的に関する斯くの如き思考(法)の発展性は、しかし当分明らかにならざるものと心得る。そのように判断せざるを得ないほど研究の歴史が浅い。「詰み」と「対抗系ルール」を中心にせめぎ合いに宿る思考法を展開したのが、三代宗看(例:無双第89番)と看寿(例:図巧第53番)の一つの貢献である。しかしその思考法が長篇趣向分野で見直され、或いは乗り越えられた事例がどれほどあるだろうか。近年馬鋸、龍鋸、はがし趣向等は手数稼ぎの道具に堕した感があり、特に意味付けという観点から見ると橋本孝治氏、般若一族の諸作品や、手前味噌ながら自作「カミトチル」(詰パラ06・3)等の少数のやや単発的な発表を除けば、おしなべて代わり映えがしないという印象を受ける。作例がこのように少ない有様であるから、それらをまとめて研究する試みが徒労に終わっているのは当然の結果と言えるだろう。という訳で、拡大盤の導入が諸研究の起爆剤になることを願う次第である。(当初予定していた「趣向の目的に関する考察」は都合により掲載を見送り、この補足コメントで代替させていただきました。)
  • 「茫々馬」の発想の根底に近藤真一氏・森長宏明氏合作「火の鳥」(詰パラ79・6、早詰)、墨江酔人氏作「メタ火の鳥」(詰棋めいと1号、84・6、不詰)、森長宏明氏作「万里の駒」(『詰物語』、95・11、早詰)があること、ここに付け加えておきたい。
  • 「一手馬鋸」(添川公司氏作「桃花源」、近代将棋85・12)の名前を流用し、その起源を別の作品に認めた訳は種々ある。まず、「一手馬鋸」の従来型の定義では「サイクル」の意味や、二つのサイクルが「似ている」ことの判断基準が不明確であり、そこに解釈の余地が残る。而して見方によれば「ポリリズム」(詰パラ71・11)にクレジットを与えることが可能と思う。また、概念の基盤が揺らいだときはその本質に帰るのが世の常であるから、何手馬鋸を馬鋸趣向の一種と看做し、「速度」という本質的観点から再解釈を加えるのも一つの道であり、そのことを強調する目的があった。この概念を詰将棋界に定着させた、添川氏の歴史的貢献に疑義を呈する意図はないことをご承知いただきたいと思う。
  • ドッキング法とモンタージュ法の違いについて。「昭和30年代前半生れの詰将棋作家は皆、この本で詰将棋にはまった」という噂の『詰将棋教室』(村山隆治、1968頃、金園社)。この本には「詰将棋の作り方」として「解析法」、「吟味法」、「相似法(モンタージュ法)」の三つが紹介されている。

    解析法:「簡単に詰む局面を予想し、それを出発点として、「詰む局面」と「詰まない局面」を交互に作り、駒の「加除変更法」と、形の「平行移動法」を施し、順次に発展させて行く方法。」(同じ著者による『詰将棋の考え方』(1950、大阪屋号書店)において「創作型作図法」と命名された方法に近い。)吟味法:「実戦の終盤より取材し、作図が可能であるための条件を吟味し、それに手筋を加味して順次に発展させて行く方法。」(『詰将棋の考え方』の「実戦型作図法」に近い。)モンタージュ法については後述。『詰将棋の考え方』には更に構想型作図法(「或る一つの構想を想定して作る方法」「例えば、馬の鋸引き、玉方の不成、遠見の角打、曲詰…等」)が紹介されているが、これに対応する物は『詰将棋教室』には見られない。

    モンタージュ法は「テーマ(命題)を他より求め、その一部の駒を置換して更に手筋を追加し、原型と全然異なった形の図式を作図する法」である(『詰将棋の考え方』では「技巧型作図法」と呼ばれている)。つまり自作あるいは他人の作品の中から気に入った部分を取り出して、編集し直す一種のリメイク法と言えよう。モンタージュの原義(映像のショットとショットを繋げること)に帰ればこれは或いはドッキング法に相違無いとも考えられるが、上の定義、村山氏の創作過程(前掲二書参照)、その後の作例等を知ると、この二つを同一視するのはいわゆる発生論的誤謬であると合点がいくと思う。

    見方を変えれば、映像編集の技法としてのモンタージュ法(あるいはドッキング法)に関する種々の論点は、詰将棋という別の文脈で捉え直すことができる。二つの「死んでいる」手筋や趣向を組合せると、そこに新しい意味が生まれる、という類いの経験をまとめて分類し、映画史学の知見と比較しつつ将来を占うような研究が待ち望まれる。

    尚、久留島喜内は村山流モンタージュ法も手掛けている。例えば、二代伊藤宗印(三代宗看、看寿の父)の勇略第41番は恐らく「朝霧趣向」の第一号局であるが、その趣向部分を取り出してリメイクした跡がある(妙案第16番、第24番、第41番)。この創作法について久留島以前を振り返れば、少なくとも『洗濯作物集』(1706)の「原作意変化順化」(『江戸詰将棋考』(三木宗太、1987、将棋天国社)参照)まで遡ることができることはわかっているが、それ以上のことは不明である。
  • ドッキング法は、『妙案』(推定1750年代)以前の『手段草』(1724)、『手鑑』(1686)、またオリジナル作品集ではないけれど『洗濯作物集』(1706)、『諸国象戯作物集』(1729)にもその萌芽を認めることができる(「『象戯洗濯作物集』の解明」(佐々木聡、詰棋めいと9号、1989・7より連載)も参照のこと)。しかし其れ等に顕著なのは作意と変化/紛れで複数の洒落た手筋を表現するという方式であり、そのために変化/紛れを敢えて大袈裟に展開している節がある。久留島喜内はこの方式を踏襲しつつ(橘仙貼壁第50番、82番等)、思考法として大いに発展させた所にその貢献を見出すことができる。久留島こそがドッキング法をシステマティックに導入した人物であるとは、まさにこの謂いである。
  • 久留島喜内の作風はしばしば「数学者らしい」と形容される。一例を挙げれば、同じ発想を龍、馬に使い回すところが、抽象的な構造を研究し、種々の現実的問題に応用する数学者の営みを彷彿とさせる。では、ドッキング法のルーツを和算、特に久留島が研究した円周率、オイラー函数、方陣等に求めることは可能であろうか。
  • 上に関連して、思考法、思考法と騒ぎ立てたが、そのメタ分析は遅々として進んでいない。例えば昭和期以降の詰将棋を支配したある種のミニマリズム(有馬康晴著「近代型詰将棋」(将棋月報、43・7)参照)、特にその繰り返し趣向における表れ、現代音楽を始めとする諸芸術、分野からの影響、「詰将棋はパズルの一種」という視座、等の栄枯盛衰を、社会的文脈に沿って考察する仕事が残っている。拡大盤を用いた創作活動が私たちの詰将棋DNAを顕微鏡で拡大するように明らかにしつつ、これらの問いに答えていくことを期待したい。

2014年新春特別出題全解答者: 14名

  嵐田保夫さん  池田俊哉さん  井上徹也さん  岸本恭尚さん  日下通博さん
  小山邦明さん  佐藤司さん  鈴木彊さん  隅の老人Bさん  たくぼんさん
  竹中健一さん  出崎守さん  永島勝利さん  パスファインダーさん

当選: 井上徹也さん、岸本恭尚さん

おめでとうございます。
賞品をお送りしますので、賞品リスト から選んだご希望の賞品と送付先をメールでお知 らせください。

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