鑑賞派の視点
[2014年11月24日最終更新]
詰将棋の楽しみ方は、解答する、創作する、鑑賞(観賞)する、解説する、解説を読む、収集するなど人によっていろいろ。どんな詰将棋が好きか、どんな詰将棋を評価するのかも、人によって異なる。当然、各作品に対する見方も人によって大きく変ってくるわけで、このことを理解して詰将棋を楽しみたいものだ。
筆者は詰将棋を解かないで、鑑賞したり、解説を読んだりして楽しんでいる。作品を見るとき重要視するのは、その作品のテーマと表現だ。
詰将棋は解くことを前提として出題されることが多いので、作家は想定する解答者に適度な難易度になるようにあれこれ工夫するものだが、鑑賞派にとっては無意味どころか逆効果になることも多い。明快なテーマがあっても、余分な手が入ることでテーマがぼけてしまっている作品をみると、とても残念な気持ちになってくる。
例えば、手順を繰り返す趣向詰。趣向部分は同様の手順の繰り返しなので易しくなりがちで、これでは簡単すぎると、難しい序や収束を付けたりするケース。解答者への挑戦という観点しかないと、これによって解答してくれる人、鑑賞してくれる人がどれだけ減るか、というデメリットが見えてこないのだろう。せっかくの美しくおもしろい趣向が、これでは残念ということで開設したのが、くるくるおもちゃ箱(おもちゃ箱)である(はじめにを参照)。
構想作も表現の難しい分野だ。鑑賞する立場では、いかにおもしろい手順、不思議な手順になっているかとかがポイントになってくる。ところが、作家はなぜその手順が成立するか、今までにない理由とか、舞台裏にこだわることが多く、結果として実現された作意はなんということはないこともある。例えば、マジックショーで観客は見えた現象の不思議さを楽しむわけで、そのタネを鑑賞するわけではない。別に、どんな凝った仕組みを使ってもよいのだが、それによって実現される手順はびっくりさせるようなものに仕上げてほしいものだ。
曲詰やきれいな配置、詰上りをテーマとしている作品では、もっとも大事なのは形の美しさだ。手順をよくするために形をちょっとくずしたような作品もたまに見かけるが、これは本末転倒。私ならそれだけでC評価だ。
要は、テーマが明確で、それをきちんと表現しているのかが重要で、長々と解説しなければならない作品、解説しにくいような作品は鑑賞派にとってはあまり見たくない作品といえるだろう。
これまでの詰将棋界は、実際に解いたり作ったりする詰将棋プレイヤー中心の世界だったが、詰将棋ソフトも普及したいま、解かないで鑑賞する詰将棋ファンが増加しつつあると思う。そういう層に向けたコンテンツとして作成したのが、詰将棋全国大会で上映したくるくるシアターやアートシアター。詰将棋の動画やおもしろい作品を紹介していただいているブログもあるのだが、解答者や作家向けのことが多いので、もっと鑑賞派のためのコンテンツが登場することを期待している。
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