解答、鑑賞と作品評価
[2015年6月9日最終更新]
冬眠蛙さんのブログで、評点バブルと作品評価という記事を読んで、少し考えさせられた。評点バブルが起きたり、「本当に良いと思う作品に高い点がついてない」ことがおきたりしているというのだ。そして、「それを防ぐ手段はただひとつ。自分も解いて、解答を出して、ちゃんと自分の好みを評点に反映させるしかない」と書かれている。
なぜ、解答者の評価能力が低下してしまったのだろう。解答者だけでなく、点数を頼りに半期賞を選んだりしている担当者がいたるすると、こちらも心配になってしまう。たぶん、現代人は皆忙しくなって、昔ほど詰将棋に時間を割けないことが影響しているのだろう。将棋ソフトの利用も効率化の反面詰将棋にかかわる時間の短縮につながっている。
評価基準が全く示されてないのも原因の一つかもしれない。例えば、今はなき詰棋めいとでは、次のように基準が明示されていた。
- 入選不可と思うとき ×(0点)
- 意見保留のとき △(5点)
- 入選級と思うとき ○(10点)
- 受賞候補級と思うとき ◎(20点)
- 誤答は15点
ただ、私がそれ以上に問題だと思うのは、旧来からの詰パラのシステムでは、評価する権利は解答者にしかないということだ(ただし、担当者は選題すること、半期賞などを選ぶことである意味評価している。看寿賞委員も賞の選考の段階で一部の作品を評価している)。
でも、それ以外の人の評価は? 解答しない作家や読んで鑑賞する人(大多数の人はここ)は、現状では全く評価に参加できない。でも本来作品評価というのは鑑賞した結果でつけるべきものではないだろうか。もちろん、解答者だって鑑賞しているのだが、解くのは大変なので鑑賞よりもその感触が評価の基準になりがちだ。
このことが、詰将棋の創作にも大きく影響している。何がどう表現されているかより難易度を重視して評価されれば、作家もいい評価を得るため、テーマに関係なくても逆算してみたり手を加えたくなる。解答中心だと、担当者も解答者がいい評価を付けそうな作品を選題したり、解説でも誤解の説明とか作意に関係ない変化の説明とかにスペースを取られ、作品の狙いや内容の解説がその分不十分になったりする。
今ではブログなどで自由に作品の鑑賞や評価を書けるようにはなっているが、詰パラ本誌自体も旧来通りの解答中心のシステムだけでなく、もっと鑑賞のためのシステムを取り入れていくべきではないかと思う。例えば、評価・短評だけで解答なしも認めるとか(ソフトで鑑賞する人向け、解答競争には不参加)、解答、作者解説付きで発表して短評コンクールとか。このままでは、ソフト解答がひそかに増加するにつれて、ますます形骸化が進んでしまいかねない。
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コメント
詰パラを読むというより眺めるだけの詰将棋愛好家です。
冬眠蛙さんのブログも読ませていただきました。
時間がないというのが一因なのでしょうが、作品の良さをわかりやすく解説するということがもっと必要ではないでしょうか。
たとえば過去の解答選手権年鑑における若島さんの自作解説のようなものが、もう少し増えるといいのにと思います。
スペースの制限もあると思いますが、簡単な手順の説明と短評だけでは、その作品の良さはなかなか理解できません(特に中編構想作や長編)。
良質な解説や論考に触れる機会が増えれば「鑑賞眼」が磨かれる部分があると考えます。
自分で解答に取り組むのも大切です。
解答募集による出題という形式は「難解さ」への高得点傾斜につながる要素を孕んでいますが、半期賞も看寿賞も、実態としては得点のみで選出されているわけではありませんので、評点にこだわらない作品の評価というものはあるわけです。多くの主観のぶつかり合いの中で、自らの評価眼を養っていく、そういうことは大切かと思います。
なお冬眠蛙さんのご指摘のように、解説者は自身の価値観を大いに語っていただいてよいのですが、それを他人に押し付けるかのような表現は控えていただきたいと思います。
(ずいぶんブログの内容から離れてしまいました)
投稿: まつきち | 2015.06.11 23:29
まつきちさん、コメントありがとうございます。「作品の良さをわかりやすく解説するということがもっと必要」というのは私も同感です。ただ、長々と解説しないと良さが伝わらない作品は、ライトな鑑賞派の私にはあまりうれしくないので、作家の方もわかりやすい作品の創作を考慮していただけたらなあと思います。そうでない方向性ももちろんあるので、単なる希望ですが。
投稿: TETSU | 2015.06.12 12:32