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ソフト利用詰将棋創作の問題点

[2016年1月26日最終更新] 変化別詰の記述を補足 評価方法の記述を補足

将棋ソフトの解図・検討能力が人間以上になって、詰将棋の創作は以前よりずっと敷居が低くなった。しかし、その分、従来型の出題形式では問題点もいろいろ見えてきた。その対応のため、詰将棋学校での新評価法を提案する。

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  詰将棋解答・創作での将棋ソフトの利用について  詰将棋創作プログラミング


1.ソフトの利用で創作はどう変わったか

昔は解答もかなりできる人でないと詰将棋を創作することが困難だった。私は若いころから創作は好きだったので、詰将棋パラダイス誌にたくさん投稿したが、解答力があまりないので、不完全で返送されるのが常だった。

しばらく冬眠して、創作を再開したときには、詰将棋を解ける将棋ソフトが存在していた。昔、完全にできなくて放置してあった図が次々完成した。投稿しても不完全で返送されることはほとんどなくなった。その頃の将棋ソフトは、解図はそこそこの能力があったが、余詰検討はできなかったので、変化や危なそうな紛れの盤面をすべて作ってそれを解かせて手順を確認していた。だから、自力で解いてなくても、一応変化紛れを含めて手順を確認していたわけだ。

将棋ソフトは進化し、解図から余詰の検討までしてくれるソフトも出現してきた。自分より解図能力が高いソフトが検討までしてくれるので、創作時間は飛躍的に短くなった。その反面、どうしても頼り切りになって、変化紛れの確認はおろそかになりがちだ。

最近取り組んでいる詰将棋創作プログラミングでは、変化はおろか作意手順もソフトが出力してくる。その候補作の中からよい作品を選ぶのが人間の仕事だが、これは作者というより、詰将棋コーナーの担当者の仕事で、数が多いととても変化紛れを全部確認するなんてできなくなる。

私の経験を書いてみたが、現在では柿木将棋IXが詰将棋作家の必需品のようになっており、大概の作家にとっては検討能力が自分よりずっと上なので、神様のように考えている人もいる。このような環境では変化紛れまで含めた手順をきちんと把握している人はそう多くないのではないだろうか。特に最近創作を始めた人は、最初からそういう環境なのだから。

2.解答者にとってはどう変わったか

昔は作者自身が事実上自分の作品を解いていたので、解答者がどのくらい解きやすいか、どう感じるか、ある程度予想もついていた。こういう作り方の時代は、作者が詰められないような難しい変化は存在しえないし、結論がだせないようなきわどい紛れがあれば、駒配置を変えて消しておく。変化同手数とか変化別詰とかあれば、解答者が困らないように調整したりする。だから、作品の難解さは作者の棋力に大きく依存していた。「作者と解答者の知恵比べ」という面があったのである。

ところが、作家は将棋ソフトという強力な武器を手に入れて使い放題になっているのに、解答者は表面上ソフトの利用は禁止されていることが多い。おもちゃ箱展示室では解答者も自由にソフトを使って鑑賞できるが、これはむしろ例外に近い。詰将棋パラダイスなどでソフト解答を禁止せざるを得ないのは、昔ながらの解答競争という形式をとっているためだろう。確かに、自力で解答する人とソフトを使って解答する人が競争するのはフェアではない。禁止されているのにこっそりソフトを使っている解答者がいるのもうなずけるような気がする。

しかし、「作者と解答者の知恵比べ」が、「作者+ソフトと解答者の知恵比べ」になっているのも、またフェアでないように思える。しかもソフトは解答者のことを考慮してくれないので、いたずらに難解になったり、紛らわしい変同や変別もそのままになっていたりする。すべての詰将棋愛好家の楽園であるべき詰将棋パラダイスだが、解答者にとってだんだん居心地が悪くなっているようなことはないだろうか。

近頃人気では本誌の詰将棋パラダイスをはるかにしのぐスマホ詰将棋パラダイスでは、大道詰将棋と同じように受方の手は自動的に選択されるようになっている。解答者は詰方の着手だけを選択すればいいわけだ。しかも大道詰将棋と違って失敗しても何回でも無料で再挑戦できる(もともと無料のアプリだが)。この方式は、ソフトは使えなくても解答者の負担はずっとへるので、作者がソフト利用できるのとある意味バランスがとれているのかもしれない。

3.新評価法の提案

創作にソフトを利用したとしても、変化紛れを含めすべての手順は作者の責任であり、きちんと確認してから投稿、出題するのが筋である。とはいえ、ソフトありきの現代でタテマエをいっても何もかわらない。

そこで一つ新たな作品評価方法を提案する。

詰将棋パラダイスの詰将棋学校では、A(3点)、B(2点)、C(1点)、誤解・無解(対象外)となっている。これをA(3点)、B(2点)、C(1点)、誤解・無解(0点)に変更するのだ。

「作者と解答者の知恵比べ」の時代、詰将棋学校の評価は、A(4点)、B(2点)、C(1点)、誤解・無解(4点)であった。詰将棋は試験のように「解かなければいけない問題」であり、解けなければ作者の勝ちということでA評価と同じ点数が与えられたのだ。

現代でも全問正解を目指して詰将棋を「解かなければいけない問題」ととらえる人ももちろんいるが、音楽、映画、小説などと同じような「楽しむコンテンツ」としての面が強くなってきているのではないだろうか。

例えば小説で、表現が下手でストーリーを誤解した人がたくさんいたら・・・
難しい分厚い小説で、本屋で手に取る人がほとんどいなかったら・・・
0点を付けるのが妥当な気がする。

この評価方法にすることで、高い評価を得るためには、作者には誤解、無解を避ける努力が求められる。これはソフトに丸投げではできないので、作者自身が自分の詰将棋に向き合う時間も増えることになる。変化紛れもきちんと作りこむことは、昔ながらのちゃんとした作家はソフトを使っても当然のように実行していることなので、効率は悪くなってもしっかりやるべきだと思うのである。

[補足] 2016年1月26日

「「作者と解答者の知恵比べ」の時代、詰将棋学校の評価は、A(4点)、B(2点)、C(1点)、誤解・無解(4点)であった。」と書いたが、詰将棋学校のABC評価がいつから始まったのか、気になって調べてみたら、1962年の7月号からだった。それまでは、優秀作投票(時期により1位のみか1・2位)または5点を各作に配分という方式だった。意外だったのは、始まったときの配点はA3B2C1誤無1(不詰という誤答は2)と、私の案に近かったこと。それが、A3B2C1誤無3と変更(解答者の負けとみてその作者に3点を与える)、更にA4B2C1誤無3を経て、A4B2C1誤無4に落ち着いたようだ。

4.変化別詰×のルールはそのままでよいか

変化別詰とは、変化手順(受方が作意と違う受けをした場合の詰手順)の余詰のことである。作意手順の余詰は作品が不完全とされるが、変化別詰は作品としては許容されている。

その変化別詰を書いてきた解答は○にすべきか×にすべきか、昔、詰パラ誌上で何年にもおよぶ大論争があった。最後に二人の巨頭、変別○論の森田氏と変別×論の山田氏が徹底討論をして、「それぞれの前提のもとではどちらも成立する。○論の方がすっきりするが、社会通念上○論を規約にしては受け入れられないのではないか。規約上は×論にして、微妙な問題は運用で○にすることでカバーしよう」ということで変化別詰は×に決定した。

詰将棋が「解かなければいけない問題」であり、「作者と解答者の知恵比べ」の時代の社会通念からすれば、これは妥当な選択だったと思われる。作者が変化紛れまでしっかり検討して作りこんでいるのだから、解答者も単に解いたという証明だけでなく、作者の意図まで把握してほしいと考えられたわけだ。

社会通念が変化した現在でもこのままでよいかというのは検討課題だが、詰将棋規約自体が大昔の綿貫規約がいまだに形式上は生きていて、その後の改定が何度も失敗して放棄されている現状では、変化別詰だけとりあげてもあまり意味がないような気もする。

3の評価方法にすれば紛らわしい変化別詰は減るはずだし、現在でも「担当者の判断で○にできる」ことになっているので、運用で対処すればよいのだろう。「誤解者が1割以上でた変化別詰の解答は○にする(評価は0点扱い)」とか指針をつくるのも有効かもしれない。

[補足] 2016年1月26日

長年変別×ルールが続いているため、このルールの何が問題なのか、ソフトまかせの創作でなぜ発生しやすくなるのか、わからない方もいるかもしれないので、ちょっと補足する。

変化別詰を×とするルールは、すべての応手に対して詰方が最短で詰めた手順を発見することを求めている。将棋ソフトでいえば柿木将棋の短手数用が必要になるが、これでは少し手数が長くなると解けなくなるのは現在では誰でも知っている。つまり、現在のソフトにもできないことを人間である解答者全員に要求しているということだ。

変別×ルールが決まったころ、作者は自分ではしっかり検討しているつもりなので、解答者にもきびしく要求しがちだった。しかし、その後優秀なソフトがでてきて、当時の作品の相当数に早詰、不詰などがあったことがあきらかになっている。初心者を含む解答者全員に要求していたことが、出題側(作者、検討者、担当者)ができてなかったわけである。

森田山田討論で、すべての応手に対して詰方が最短で詰めた手順を発見するのは解答者に対する要求として厳しすぎるという森田氏の主張に対し、山田氏は「実際にはそんなに難しい作業ではないと考えています。それは、一般に作意手順は変化手順とは区別し易く構成されているからです。」と答えている。作者がきちんと変化を作りこまなければ、とても難しい要求であることを山田氏も認識していたのだろう。つまり作者性善説にたったルールなので、そんなの知らないよというコンピュータとか、ルールを悪用して誤解させようという作者がでてくると、困ったことになるわけである。昔なら担当者がチェックして没にしていたかもしれないが、今はソフト頼りの担当者も多いので、余計に危ない。

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