カテゴリー「おくやみ」の記事

二上達也九段逝去

[2017年2月18日最終更新]
詰将棋の名手として知られる二上達也九段が2016年11月1日に肺炎で死去(84才)との報。多数の詰将棋を創作した二上九段、昨年、その集大成ともいうべき二上達也九段「将棋魔法陣」が発行されたのもまだ記憶に新しい。謹んでご冥福をお祈りいたします。

関連情報: 二上達也九段「将棋魔法陣」


2017年2月18日

2016年12月22日

2016年12月20日

2016年12月19日

2016年11月24日

2016年11月21日

2016年11月13日

2016年11月10日

2016年11月9日

2016年11月8日

2016年11月7日

2016年11月6日

2016年11月5日

2016年11月4日

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駒場和男さん逝去

[2016年11月19日最終更新]
Komaba2 詰将棋作品集「ゆめまぼろし百番」の著者で、看寿賞、塚田賞を多数受賞している詰将棋作家、駒場和男さんの逝去の報。

【訃報】駒場和男氏逝去 (詰将棋パラダイス メモ
「詰将棋作家の駒場和男さん(看寿賞3回受賞)が6月に亡くなられました。享年82歳でした。」

「ゆめまぼろし百番」ではTETSUも検討に加わらせていただいた。発行されたあと、最近はしばらく作品を見ないので心配していたのだが・・・

『図巧』や『無双』を超えることを目指していた駒場さん、今頃は看寿や宗看と作品論をかわしているのだろうか。謹んでご冥福をお祈りいたします。

(写真は1996年第3回詰研大会のとき。詰棋めいと第22号より)

関連情報: 駒場和男「ゆめまぼろし百番」


おもちゃ箱詰将棋メモで紹介した駒場作品

「詰将棋 トライアスロン」 (借り猫かも


2016年6月21日

  • 筒井 浩実@un_cocoo
     「駒場さんの訃報は板橋貞夫さん(詰パラ解答者)からの電話で知りました。 なぜ僕のところに電話が来たかというと、「ゆめまぼろし百番」の短評を依頼したときの連絡先に僕の番号があったかららしい。 若気の至りで、けっこう生意気な短評を送った記憶しかない。」

2016年6月20日

  • 【訃報】駒場和男氏逝去 (詰将棋パラダイス メモ
     「詰将棋作家の駒場和男さん(看寿賞3回受賞)が6月に亡くなられました。享年82歳でした。」
  • 詰将棋指し@nenehimapapa
     「駒場和男さんの還元玉都煙『父帰る』に出会ったのは16歳、二段で苦しんでいた頃だった。気品あふれる初形、ただ駒が消えていくだけではない神業かと思えるような手順。すっかり心を奪われ、煙詰の世界に引き込まれた。こんな作品がつくりたい。6畳一間のアパートで、毎晩朝まで創作にのめり込んだ。」
     「創作のコツなど何もわからない。手探りで少しずつ逆算をしていく。10枚が15枚になり、ようやく20枚まで消えるとそこで行き詰る。ああ、もうできないのかな。そんなことを思う夜は『父帰る』を並べた。初めて出会ったときのように心が震え、情熱がよみがえる。」
     「完成した煙詰はただ消えるだけのものだったが、大きな自信になった。いつか『父帰る』のような作品を・・・」
     「駒場さんとは詰将棋全国大会で同席したことはあるが、お話しはできなかった。遠くから憧れの人をながめていた。『父帰る』は私にとってナンバーワンの詰将棋です。そうお伝えするべきだっただろうか。http://www005.upp.so-net.ne.jp/tsumepara/contents/11memo/memo.htm
  • taka-o@route188
     「詰むや 詰まざるや / 詰まざるや 詰むや / この繰り返し とこしえに(『ゆめまぼろし百番』あとがきより)合掌。」
  • 竹中@aroundforty
     「駒場和夫さんが亡くなったようです(詰パラHPより)。 作品集「ゆめまぼろし百番」を持っていなかったので、 慌ててネットで注文しました。。。 じっくり並べたいと思います。 ご冥福をお祈り致します。」
  • Problem Paradise@propara
     「できることならタイムマシンに乗って、あの龍鋸を作った頃の駒場さんに会ってみたい。」
  • EOG@EOG10
     「昔、読者サロンに膳代未文の作品が紹介されていて解答がなかったので自力で解いた。自力で解いた長編は他に「三十六人斬り」と「地雷原」ぐらいか。ご冥福をお祈りします。」
  • Toshiya@ToshiyaIkeda
     「ゆめまぼろし百番が出る直前の個展は解答したけど、他の有名長編は解答できなかった。朝霧、夕霧、かぐや姫あたりは並べすぎてソラで盤に並べられた、今は自作でも無理だが。ご冥福をお祈りします」
  • ひっぽ・ぽたます@acceleration
     「渋谷の本屋でたまたま見かけて購入した『続詰むや詰まざるや』。その巻末の「父帰る」には感動した。その体験がなければ詰将棋はやってなかったと思う。」
     「そしてその『続詰むや詰まざるや』の著者が担当していたこともフェアリーに興味を持ったきっかけだった。」
     「駒場さんの作品は自分には解けそうもないものが大半だった。今なら解けると思う「地雷原」も当時は解こうとすらしなかった。それがちょっと残念。」
     「詰将棋がなかったら自分の20代はもっとずっとしんどかったと思う。駒場さんに改めて感謝。ご冥福を祈ります。」
  • 解答欄魔@k1sumi
     「「あ、できたかもしれない…」傑作の手応えを感じつつ、静かに息を引き取る。これが詰将棋作家の理想的エンディングだが、たぶん死に際に「あ、余詰だ…。ああ」と気付きながらの無念死になることが容易に推測される。」
     「学生の頃は、マラソン、大道棋研究室に、闘鶏のあしあと、七條特懸などもあり結構な出題数だったが、その上たまに駒場さんの特別出題があった。その中でも、すごいと思った作がこれ(詰パラ1980年1月号)。解けたときは震えが来た。」
     「『ゆめまぼろし百番』をパラパラめくる。一番感じるのは、作者の意志の強さ。出来上がるものを良しとするのではなく、こう作るのだという気迫がすごいと思う。」

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桑原辰雄さん逝去

[2015年11月23日最終更新]
Kuwabara 詰将棋作家の桑原辰雄さんが10月22日、82歳で亡くなられたとのこと(写真は「四百人一局集」より)。

桑原さんは将棋世界、近代将棋、詰将棋パラダイスなどに600作以上の詰将棋を発表。将棋も五段(囲碁も四段)の実力派で、詰将棋では「桑原流」と呼ばれる豪快な作風で知られている。

「妙義図式」、「赤城図式」、「勝つための詰将棋81」、「続勝つための詰将棋81」、「実戦に強くなるガチンコ詰将棋」、そして今年2月に発行された「榛名図式」と、多くの作品集をまとめた。

謹んでご冥福をお祈りいたします。


2015年11月22日

  • 詰将棋鑑賞その4 (詰将棋の街路樹
     「<将棋世界 昭和50年1月号 桑原 辰雄>
    偉大な詰将棋作家である桑原辰雄さんと摩利支天さんがお亡くなりになったというニュースを確認しました。両氏に哀悼の意を表すとともに2回連続で詰将棋鑑賞で取り上げたいと思います。今回は桑原さんの作品鑑賞です。 ・・・」

2015年11月7日

  • 妙義図式第二番 (リー監督 たいくつ
     「詰将棋作家の桑原辰雄氏が亡くなったとのこと。氏の作品には大変お世話になっているし、今後もお世話になるだろう。ご冥福をお祈り申し上げます。氏の作品に最初に触れた頃、頭がウニになるまで考えさせられた。今でもこの図を見ると条件反射で頭が痛くなるほど、個人的に思い出深い。 ・・・」

2015年11月5日

  • 詰パラ2015年11月号 ちょっとした感想 (詰将棋の欠片
     「・・・ 実戦型難解派の雄として著名。将棋世界200回入選はただ一人、近代将棋300回入選は他に植田・北原氏しか達成していない快挙。塚田賞2回、半期賞1回という受賞歴は、氏を語るにはあまり参考にならないと思われます。妙義図式・赤城図式・榛名図式合わせて320作、これは後々まで残ることでしょうし、生前に世に出されたのは見事としかいう他ありません。デビューから65年。より早くに登場された現役作家は金田・古関・山田氏くらいではないでしょうか。巨星墜つですね。お悔やみ申し上げます。」

2015年11月4日

  • ランス@lance_tume
     「桑原辰雄さんがお亡くなりになったとのこと。私も一番印象に残る作品は、柳原さんが紹介した作品です。妙義図式は指将棋を一生懸命にやっていたころ、何回も暗算で解いたものでした。ああいう作風の方は2度と出ないでしょうね。〇〇流という名称が残る作家は今後出るかどうか、、、。」

2015年10月31日

  • 【訃報】 (詰将棋パラダイス メモ
     「桑原辰雄氏逝去
    詰将棋作家の桑原辰雄氏が10月22日に亡くなられました。82歳でした。
    摩利支天氏逝去
    詰将棋作家の摩利支天氏が9月14日に亡くなられました。55際でした。
    両氏のご冥福をお祈りいたします。」

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摩利支天(橋本浩文)さん逝去

[2015年12月13日最終更新]
おもちゃ箱掲示板にまた訃報が・・・

ミーナさん「摩利支天のペンネームで活躍された、橋本浩文さんが亡くなりました。まだ55歳の若さでした。 ・・・」

橋本浩文さんは1960年生まれ。詰将棋作家として、主に摩利支天のペンネームで詰将棋パラダイスを中心に作品を発表、2014年2月に入選100回に達し同人作家になりました。ユニークな作風で、300手以上の超長編作品も多く、1996年に発表した馬詰恒司さんとの合作「FAIRWAY」611手は看寿賞を受賞しています。

摩利支天さんの作品は命名がおもしろく、例えば夢銀河に収録された5作品は「星空からのエレベーター」「シーサイドメモリー」「メリーローランの島」「FreeBallaen」「月夜のゴンドラII」といった具合。個人作品集はまだまとまっていませんでしたが、札幌で行われた第20回詰将棋全国大会のとき、制作活動集「自由な風船」を作成しています。

四百人一局集のキャッチフレーズで、「ある人は神出鬼没と呼び、またある人は天衣無縫という。」と書かれているようにアクティブな活動で知られ、来月で300回となる東京詰将棋工房を立ち上げたのも摩利支天さんでした(詰工房ができたとき)。今頃は天国で詰将棋会合を開いているかもしれませんね。ご冥福をお祈りいたします。


2015年11月29日

  • 詰将棋鑑賞その5 (詰将棋の街路樹
     「<詰将棋パラダイス2014.7ヤング・デ・詰将棋700 摩利支天>
    前回(詰将棋鑑賞その4)触れたように摩利支天さんに哀悼の意を込めての作品鑑賞となります。摩利支天さんは私も通っている詰工房の立ち上げに関わった人で1996年に馬詰恒司氏との合作「FAIRWAY」で看寿賞受賞、2014年には入選100回で同人作家になっています。・・・」

2015年11月24日

  • 摩利支天さん追悼 清水英幸さん (おもちゃ箱掲示板
     「詰将棋から随分と離れていますが、駒谷さん、摩利さんの訃報に驚いています。摩利支天さんの追悼文を自身のブログにアップしました。
    http://blogs.yahoo.co.jp/aima99hide/67892736.html 」
  • 摩利支天さんのこと (博物館訪問家・ひでのブログ
     「詰将棋作家の摩利支天さん(本名:橋本浩文)が亡くなったとのこと。まだ55歳だった。自分は、もう10年も前に詰将棋パラダイスの購読をやめ、詰棋界から去った人間であるが、かつて摩利さんには随分とお世話になったので、やはり追悼文を書かなければなるまいと思う。 ・・・ 月並みだが、ご冥福をお祈りしたい。合掌。」

2015年10月31日

  • 摩利支天さん逝去 (my cube
     「・・・ 摩利支天さんと初めてコンタクトを取ったのは2010年2月10日。 ・・・ それからメールで摩利さんとのやりとりが始まるわけですが、こちらがメールを出してそれに返信する早さが半端ではありません。1日に3通ほど届くこともありました。すごい人だ(ある意味ヤバい人だ)と思いつつも、でも詰将棋の腕は前歴が証明していて、そして僕にとってはその時点でほぼ唯一の詰将棋仲間でした。「鈴川さんは長編の才能がありますよ」などと言われ、挑戦してみた記録がこの記事この記事にも。(過去記事は今見ると文体とか内容とか恥ずかしい!) コメント欄にいる「こじはる」さんが摩利支天さん。アイドルの追っかけも大好きだったようで、AKB48のメンバー名をそのままペンネームにしていてちょっとどうよと思っていました 笑。ともかく、そうやって僕の創作技術を高めることに一役も二役も買ってもらったのが摩利支天さんでした。 ・・・ 悲しみよりも、僕にとってかけがえのない方を失ったような喪失感のほうが先立ってしまいます。11月号詰パラにも、大学院と彩棋会で入選されているではありませんか。亡くなったことが未だに信じられません。」
  • スーパー摩利支天 (A Nice Problem
     「摩利支天氏の訃報に接し、何か書かなければいけないと思った。
    氏とは「メル友」として長い間やり取りさせていただき、特に創作初期の頃は大変お世話になった。氏から得た詰キストの人脈と大量の作品データは、私の大切な財産になっている。また、忌憚の無い(=小生意気な)意見を述べ、時に説教を垂れる若輩者の私を、一批評家として扱ってくれたことは忘れられない。
    晩年は、闘病生活を送り、薬の副作用に苦しんでおられるようだった。それでも創作面では超長編や「トリプル七種合」といった野心的な構想に取り組み、交流面では石本仰、鈴川優希、長谷川大地などの若い才能をいち早く見抜く炯眼を発揮されていた。氏は最後まで命がけで詰将棋に取り組んでいたと思う。
    「ブルーミーバルーン騒動」(詰パラ2005.7)の前後から、氏はかなり意図的に「パロディ作」を作り続けていた。しかしこの背後の思想と情熱はあまり広く認知されていない。「私の居所やコメントは公開フリー」と生前仰っていた氏のスタンスを鑑み、2005年頃に交わされたメールから、氏のコメントを抜粋して残しておきたいと思う。
    摩利さん、さようなら。そして安らかにお眠りください。 ・・・」
  • 【訃報】 (詰将棋パラダイス メモ
     「桑原辰雄氏逝去
    詰将棋作家の桑原辰雄氏が10月22日に亡くなられました。82歳でした。
    摩利支天氏逝去
    詰将棋作家の摩利支天氏が9月14日に亡くなられました。55際でした。
    両氏のご冥福をお祈りいたします。」
  • Re: 訃報 kamuさん (おもちゃ箱掲示板
     「駒谷さんに続いて、摩利さんもですか… 春頃から連絡が取れなくなっていて気にはしていたのですが。あぁもっと話をしてれば良かったなぁ。ご冥福をお祈りします。」
  • もーたー@motordrive2
     「彼と電話で最後に話したのはおそらく私が社会人なりたての頃。彼がガソリンスタンド店員をしていた時ではないかと思う。車の整備関係の話をしたのを覚えているから。学会入信とかの話はたぶん後日、ほかの人から聞いた。」
  • YANAGI  @大阪@misimaikeda
     「ある日突然、摩利支天氏は岐阜の私のアパート(兼編集部)に転がりこんできた。20代半ばの彼は国鉄の職を捨てて北海道からはるばるやってきたのである。私より5歳上の彼は、詰パラの助手をさせてくれ、と言い出した。」
     「その日から奇妙な共同生活が始まった。特に干渉はしなかったので、お互い自由に仕事をして自由に遊んでいた。彼は近所にある私の実家にも頻繁に顔を出し、両親や弟たちと食卓を囲んでいた。」
     「彼は夜になると、私の部屋の電話機を自分の部屋へ引っ張り込んでは、いろんな詰キストと長電話をしていた。当時まだ無名の田島秀男とは特に意気投合していたようで、よく話し込んでいた。」
     「翌月、電話代7万円の請求書が届いた。私はあきれてしまったが彼は電話も大事な仕事だと主張した。こんな居候生活が長く続くはずもなく、やがて彼は私の前から姿を消した。彼との思い出はこれくらいしかない。あとはすべて忘れてしまった…。(終)」

2015年10月30日

  • 訃報 ミーナさん (おもちゃ箱掲示板
     「摩利支天のペンネームで活躍された、橋本浩文さんが亡くなりました。まだ55歳の若さでした。いっしょに詰工房にも行きました。ショックです。ご冥福をお祈りします。」
  • 悲しいなぁ 変寝夢さん (おもちゃ箱掲示板
     「摩利さん、逝っちゃいましたか。寂しいなぁ。ACTの準備で、名簿使って皆に電話したりワープロで作った手紙送ったたのがいい思い出です。彼のとった行動が原因でよく思わない人もいるのでしょうが、私にとっては師匠、恩人それ以上の存在でした。四百人一局集での摩利さんと私(田島君と谷川さんの間)のプロフィールを読んでいただければ理解して頂けると思います(打ち合わせしてないよ)。今でも同じ質問をされたら「摩利支天」と答えることでしょう。さようなら、摩利さん、有り難う。」
  • Toshiya@ToshiyaIkeda
     「まじか。正直うっとおしいと思ったこともあったが、自分を会合やら棋友の家やらに連れ出してくれたのは彼なので、今まで何のかんの続けてこれたのは彼のおかげもあったかと。ご冥福をお祈りします」
  • もーたー@motordrive2
     「中高生時代に余詰返送された後、彼のアドバイス付箋が付いた投稿用紙を今も持っている。つい先日、改作に成功した。彼が導いてくれたのだろうか。合掌。」
  • 鈴川優希@Yuki_Suzukawa
     「摩利支天さん亡くなったの!?」
     「数年前までメールでやりとりしてて合作も2つ発表したことがある。ショック……。」
     「追悼記事あげとかないと……」
  • 小山真代@oyamamayo
     「えぇえええええ。 摩利支天さんが亡くなったのか、、、まだ若すぎだろ。。」
     「中学生の時、人懐っこい独特の文面で突然メールが送られて来た。 差出人は摩利支天。 ウブな私は「看寿賞作家だ!」くらいにしか思っていなかったが、次第に彼が醸し出す危ない詰将棋マニアの臭いに惹かれ、電話やメールで頻繁にやりとりをするようになる。」
     「氏には創作ノートを全部見てもらったり過去作品の膨大なDBを頂いたりと、創作初期にかなりお世話になった。 その後、こちらの成長とともに詰将棋観の違いがあらわになった(?)せいか疎遠になってしまっていた。」
     「氏は「FAIRWAY」や「星空からのエレベーター」などユニークな長編趣向作も手掛ける一方、傍目からは同じような竜追いをたくさん発表したり、人のプロットの改良をそのまま発表するなど理解に苦しむところもあった。」
     「しかし、「詰パラがコンビニに並ぶようにしたい」と語っていた情熱はホンモノで、きっと氏なりの考えがあったのだろう。 (私はこんな空想世界の遊びは好きな人だけやってれば良いと思いますが 笑) 今となってはあの長電話が懐かしい。 安らかに眠ってください。」
  • YANAGI@大阪@misimaikeda
     「http://shogipic.jp/v/6Bf  詰パラ1983-5 はみだしっ子
    摩利支天氏との懐かしい合作。当時から他人の作品をいじる癖があった。橋本姓は守正、哲、樹、孝治などの一流作家が活躍していたので、本名を嫌っていたようだ。デビュー作は「手稲太郎」という筆名だった。」
  • ひっぽ・ぽたます@acceleration
     「近年はずっと敬遠気味だったんだけど、彼はACTの呼びかけ人だったんだよね。殺しても死ななさそうだったwから、そのうちどこかでまた会いそうに思ってたけど、残念。」
     「あの山っ気の強さがなあ…。詰将棋以外ではあまりうまく行ってない人、という印象だった。でも、詰将棋では成功したと言えるのでよかったかもしれない。」
     「改めてツイッターのプロフィール見ると、もしかしてアルコールなのかな…。だとしたらよけいに残念。」
     「人なつっこいと言うか馴れ馴れしいと言うか、あのキャラはよく憶えてるんだけど、作品が一つも思い浮かばないんだよね。それも彼らしいかも。」
     「もちろん、プロフィールに、うつ、とあるのは気になるけど、あまり深く考えたくない…。」
     「あの世で看寿や奥薗幸雄に合作持ちかけてうっとうしがられてないだろうかw」

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駒谷秀彦さん逝去

[2015年10月9日最終更新]
おもちゃ箱掲示板に訃報が・・・Komaya

福島竜胆さん「4年間の闘病生活も実らず、駒谷秀彦氏が逝去されました。享年53歳でした。 ・・・」

駒谷さんは将棋世界昭和52年3月号で詰将棋作家としてデビュー。長編から短編まで幅広い創作をモットーに約50作を発表。詰工房で長く活動し、特に2006年の第22回詰将棋全国大会(横浜)では、プロデューサーとして大会を成功させた(写真はそのときのもの)。2010年、詰工房活性化のために5種競技大会を提案し、もうすぐ開始というところで病に倒れ、闘病を続けていた。

おもちゃ箱でも、毎年年賀詰をいただいたり、記事を書いてもらったり、いろいろとお世話になりました。謹んでご冥福をお祈りいたします。


2015年10月8日

  • 駒谷さんとの少しの事 (象棋外典/アポクリファ-Ⅱ
     「・・・ 2015年の春から、私はポツポツと詰将棋を作り始めた。駒谷さんが知ったら喜ぶだろうか? いや、昔の会議の時のように冷静に俯瞰的に指導されるのかもな。そんな事を思っていた矢先、訃報が届いた。駒谷さんと将棋を指すことも、自作の詰将棋を見せることも、叶わなかった。昨晩は茅ヶ崎で通夜だった。秋晴れが気持ち良く、きっと茅ヶ崎から眺める富士山は美しかっただろう。駒谷さん作の二題が載った紙面をお兄様へ渡してきた。帰り道、青年部時代の仲間と居酒屋で献杯した。 ・・・」

2015年10月4日

  • 福島竜胆さん (おもちゃ箱掲示板
     「4年間の闘病生活も実らず、駒谷秀彦氏が逝去されました。享年53歳でした。お兄様の政幸氏より、伝言を承っております。
    「皆様 今まで本当にありがとうございました」
    謹んでご冥福をお祈りいたします。 ・・・」

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波崎黒生(中野和夫)さん逝去

[2017年11月7日最終更新]
2015年1月10日、おもちゃ箱掲示板にミーナさんから波崎黒生さんの訃報が! 波崎黒生さんは看寿賞、塚田賞も受賞している著名な詰将棋作家。TETSUにとっても、昔@niftyで詰将棋を出題しているときいろいろコメント、アドバイスをいただいたりお世話になった方。また、波崎さんが開発した図面作成ソフトもWebや作品集作成で活用させていただいています。ご冥福をお祈りいたします。

波崎黒生さんのネットで見られる作品


「一番星」誤植指摘

  • コメント欄: おかもとさん (2016年5月26日)
     「中野和夫『一番星』p106 2段目3行目 第46番 作意45手目誤植 ×2八飛 → ○3八飛」
  • 詰パラ新人@tumeparashinjin (2015年7月24日)
     「誤植のとりまとめに有益かもしれないのであげておきます。 「一番星」P66 第13番 変化イ 51玉は~83龍、44銀、62玉、73歩成~ の部分の「44銀」が要りません。」
  • YANAGI         @大阪@minosimaikeda (2015年7月19日)
     「「一番星」161P × 5年間 → 〇 6年間」
  • 相馬慎一@torus1968 (2015年7月14日)
     「『一番星』第80番、解説の図面の持駒が違ってる。」

2017年11月6日

2015年8月20日

  • 一番星 詰将棋作品集 (バビル3世ブログ(将棋、書籍他)
     「・・・ 一番星という詰将棋作品集が出ていたのは、知っていたが、なかなか買うチャンスを逃していたが ヤフオクでアカシヤ書店さんが出品されていたので、手軽なので購入した。まあ 作品集の1番は、まあ顔なので好形で気持ちよい作品が多いのでまずは挑戦 ・・・」

2015年8月6日

2015年7月24日

  • 詰パラ新人@tumeparashinjin
     「波崎さんと赤羽さん届きました。波崎さんの5題ほど解いてみました。 こういう表現は失礼にあたるかも知れませんが、 一から十まで傑作揃いの作品集もいいですが、このように新人のころからの成熟されていない作品から並べられているのも楽しいです。」
     「新人の完成されていないころからの一端を見て、おおー将来の片鱗がみえる~。 というのも楽しいですね。たぶん、途中で解けなくなって鑑賞モードになるかもしれませんが(笑) 少しづつ読んで行こうと思います。」

2015年7月23日

2015年7月16日

  • Toshiya@ToshiyaIkeda
     「締切過ぎちゃってたんで今更ながらの足跡残し TETSUさん
    一番星A 派手なところはないが7~9手目の感触は良い
    一番星B 今回6作中一番のお気に入り、55銀の動きが素晴らしい 特に33生から再度成りかえってもう一度33に捨てるあたり」
     「冬眠蛙さん
    ① 遠く83角を飛が邪魔しているのが一見してわからない。 序4手が虫が良すぎると感じるくらいうまい
    ② 後の打歩回避のため34歩を捨てておく 26龍に若干「取って付けた感」あるがうまいまとめ 」
     「借り猫さん
    1 追いだすような序から伏線的銀生、馬の飛び込みまで切れ味良い手順
    2 飛の回転知恵の輪風趣向作。馬→角に打ち換えてから逆回転して収束へ
    大模様ではあるが大駒がすべて消える収束は気持ちよい」

2015年7月14日

2015年7月13日

  • hiro@hirotsumeshogi
     「(独り言) 1作でもOKと書いてあれば、解答者は増えると思うのですが…。 それとも、2作とも解けなければいけないのでしょうか。 ・・・」

    TETSU: 波崎黒生「一番星」出版記念作品展は、3サイトとも、(正解者ではなく)解答者から抽選となっているので、1作でももちろんOKですよ。
  • 解答欄魔@k1sumi
     「「一番星」本日出来。連盟売店に卸し、詰パラと「たかつガーデン」にも発送しました。良く間に合ったなあ(独り言)。」

2015年7月2日

  • 書籍情報 (詰将棋パラダイス
     「一番星
    中野和夫(波崎黒生)詰将棋作品集。看寿賞や塚田賞など多数受賞し、2014年に急逝された作者の代表作90作を収録。7月中旬発売予定。
    価格 1,835円
     (定価1,500円+税120+送料215円) 」

2015年7月1日

  • 「一番星」発刊!  角 建逸さん (おもちゃ箱掲示板
     「昨年急逝された看寿賞作家、波崎黒生こと中野和夫氏の詰将棋作品集「一番星」を7月中旬に発行いたします。詰パラでは波崎黒生のペンネームで、近代将棋では本名の中野和夫で、看寿賞2回(中編賞)、塚田賞3回(短編賞2回、中編賞1回)、詰パラ半期賞5回、鶴田賞1回など、受賞作多数。「波崎の銀」と評されたように、銀が活躍するパズル的な中編を得意としますが、プロ棋士を悩ませた超難解短編から趣向長編まで、好作がずらり。詰棋ファン必見の作品集です(本体価格1500円)。この出版を記念して、「詰将棋おもちゃ箱」「借り猫かも」「冬眠蛙の冬眠日記」
    の3つのサイトで、7月1日から15日まで氏の未発表作品を懸賞出題しております。
    ぜひご応募ください。」

3サイト合同で記念作品展。波崎黒生さんの未発表作を2題ずつ出題

  • 解答欄魔@k1sumi
     「波崎黒生こと中野和夫氏の詰将棋作品集「一番星」の今月中旬発行を記念して、「詰将棋おもちゃ箱」「借り猫かも」「冬眠蛙の冬眠日記」の3つのサイトで、7月1日から15日まで氏の未発表作品を懸賞出題しております。 ぜひご応募ください。」

2015年6月29日

  • 解答欄魔@k1sumi
     「波崎黒生こと中野和夫氏の詰将棋作品集「一番星」、本日入稿しました。 全国大会で販売します!」

2015年3月24日

  • 解答欄魔@k1sumi
     「中野和夫さんの旧知の方に会いに都営新宿線の終点まで行く。中野さんは、ビールが好きで、釣りが好きで、山歩きが好きで、推理小説が好きで、テレサ・テンが好きで、ちょっと自慢したがりで、だけど照れ屋だから詰将棋の会合には行かないと。一度お会いしたかった。」

2015年3月9日

  • NIFTY-Serve SOFTV3でのクロナマ作品 TETSU
    昔のログを探してみたら、クロナマさんの作品が8作見つかったので、まとめてみた(角さんには連絡済)。
    ===> 「nifty.txt」をダウンロード

2015年3月8日

  • 金成憲雄氏作品紹介34 (冬眠蛙の冬眠日記
     「読者サロンで角さんが書かれている黒生さんの作品集について、プレ短コンに出品いただいた2作品を連絡しました。図面作成ソフトについている作品集には掲載されなかったので、黒生さんとしては番外だったのでは、と思うのですが、どちらも黒生さんらしいテイストはあり、多くの方に見ていただけたらな、と考えています。 ・・・」

2015年3月2日

  • 中野和夫さんについて 角 建逸さん (おもちゃ箱掲示板
     「先般ご逝去された中野和夫(波崎黒生)さんの作品集を出すことになりました。7月の全国大会に合わせて、発行したいと考えております。ところが故人のことについて、発表作品以外ほとんど何も存じ上げません。交流のあった方がいらっしゃいましたら、どんな情報でも結構ですので、お寄せいただけると助かります。<k1sumi@aol.com>までご連絡をお待ちしております。 ・・・」

2015年1月18日

  • 波崎黒生氏の作品 (くぼの詰将棋
     「先日、波崎黒生(本名:中野和夫)氏が亡くなられたと聞きました。面識こそなかったものの、一方的に強くその名前を意識していた私としてはとても 残念でなりません。もう氏の作品が見られないかと思うと、またもう氏にお話を伺うことは叶わないのだと思うと、顔も知らない私の中で氏が尊敬する作家とし て大きな存在であったことを実感します。本当に惜しい人を亡くしたものです。追悼の意を込めて、波崎氏の作品を一作紹介したいと思います。 ・・・」

2015年1月13日

  • 詰将棋指し@nenehimapapa
     「20数年前、詰将棋パラダイスの検討係をやっていた頃のこと。波崎黒生さんの作品に余詰を指摘したことがある。ところがそれは誤指摘で、「こうすれば逃れていると思いますが、いかがでしょうか」というお手紙に「あっ!」と声が出た。いつかお会いして入選が遅れたお詫びを言いたかったのに。」
  • ss@serisiu
     「波崎さんの代表作の一つ「ボディーガード」
    http://park6.wakwak.com/~k-oohasi/zentumeren/kanju/kanpe05h08zu.html#la097
    …パソコンでJAVAの設定がいるってもはや時代にそぐわない気がしますが、閲覧可能な方は是非ご鑑賞下さい。波崎の銀の真骨頂です。たくさんの名作をありがとうございました。ご冥福をお祈りいたします。 」
  • 第7回たま研参加記(中編) (詰将棋の欠片
     「・・・ 「おもちゃ箱掲示板」に書き込まれていたのは、波崎黒生(中野和夫)氏の訃報でした。「ボディーガード」「ルートファインディング」で看寿賞を受賞しているというのはご存じの方も少なくないと思います。塚田賞は3回、半期賞は5回受賞されました。昨年は詰パラで発表されていて(4作)まだまだ活躍されると思っていただけに、余計驚きました。余計なお世話ながら、詰将棋段位を計算することにしました。 ・・・ 認定最高位の八段となりますね。データでも偉大さが分かりますが、それだけでは波崎氏の真の価値を測ることはできないでしょう。数々の構想作で記憶に残る作家でもあったことは間違いないことと思います。1作掲げたいと思います。 ・・・」

2015年1月12日

  • 残念。 (冬眠蛙の冬眠日記
     「おもちゃ箱掲示板で波崎黒生さんの訃報に接し、ショックを受けております。波崎さんは前にも書きましたが私の中学校の先輩にあたり、お会いしたことはないのですが、ニフティの会議室等で、私の詰棋活動が最も充実していた頃に、親しくやりとりさせていただいておりました。また、言うまでもないのですが、今私がこのブログで使っている図面作成ソフト(右側にリンクを貼っております)の作者でもあります。作家としての華々しい経歴は、私なぞが紹介するのはおこがましいレベル。まだまだ傑作の数々をお見せいただけるものと思っていたのですが。。。心より、ご冥福をお祈りいたします。」

2015年1月11日

  • ランス@lance_tume
     「波崎黒生こと中野和夫さんがお亡くなりになったとのこと。 http://6716.teacup.com/tetsu/bbs/1479
      大学の大先輩です。もう1日早く気が付いていたら、森さん(大学の大々先輩)と偲べたのに、、、。大学の後輩と解ってからは親しくメールをいただいておりました。ご冥福をお祈りいたします」

2015年1月10日

  • 訃報 ミーナさん (おもちゃ箱掲示板
     「波崎黒生のペンネームで活躍された中野和夫さんが亡くなられたそうです。ご冥福をお祈りします。」

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橋本守正さん逝去

[2014年2月14日最終更新]
Hashimoto_2 凡骨生のペンネームで知られる詰将棋作家、橋本守正(はしもともりただ)さんが2013年10月に逝去との報。橋本さんは昭和12年3月1日生れ。名古屋在住で、詰将棋パラダイスの編集部が名古屋にあったころは最後のページの編集日誌に「午前、橋本守正氏来訪」などよく登場し、裏表紙の男といわれていた。最近も活発に発表を続け、詰パラ2013年11月号で入選236回、またブログ「凡爺の詰めバカ日誌」でも、大道棋狂室の連載をはじめ多数の詰将棋を発表していた。ブログの更新が2013年6月2日で止まり、入院しているということで心配していたのだが、残念なことになった。謹んでご冥福をお祈りしたします。(写真は2007年詰将棋全国大会で、10回参加者表彰のとき)


橋本守正さんの思い出の作品
2014年2月14日、詰将棋の会合 香龍会で、橋本守正さんの思い出の作品
「この前の香龍会で橋本守正さんの作品についての話題が出ました。代表作として私がすぐ思い出すのは詰パラ今月号でも紹介されている裸玉ですので、ご本人にとっては軽い作品かもしれませんが、詰パラ昭和61年1月号(通巻359号)の同人作家誕生記念の時に、復活第1号として紹介されている詰パラ昭和55年8月号(通巻294号)の作品を紹介したいと思います。 ・・・」

橋本守正さんの半期賞作品
2014年1月5日、詰将棋の欠片で、詰将棋パラダイス2014年1月号 ちょっとした感想
「・・・ 詰将棋パラダイスへの入選200回超、ベテランがまたしても鬼籍に入られてしまいましたか。昨年も作品を発表、最期まで現役作家として活躍されました。ブログで大道棋の出題もされていましたね。不勉強で恐縮ですが、氏の作品を掲げたいと思います。 ・・・」

詰パラ1月号に橋本守正さんの追悼記事
2014年1月2日、詰将棋の会合 香龍会で、詰パラ1月号が到着
「・・・ 服部さんが橋本さんの追悼文を書かれています。私も香龍会やその二次会で見た橋本さんの笑顔を忘れることはないでしょう。そういえば香龍会作品集「翼」で清水さんの作品を橋本さんに解説してもらったのですが、ご自身の作品については書かれませんでした。なぜご本人に自作の執筆も進めなかったのかが今もって悔やまれます。 ・・・」

橋本守正氏の事
2013年12月16日、詰将棋 駒の舞(別館)で、橋本守正氏の事
「最近は会合に出ていないのでネットと雑誌が情報源ですが、橋本守正氏死去との事です。私が三重在住で香龍会に参加していた頃に、度々会いました。多数回会った詰棋人は少ないのですが、そのひとりです。 ・・・ 私と違って、最近作も枯れていないと感じていました。」

残念
2013年12月15日、冬眠蛙の冬眠日記で、残念
「凡骨生さんが亡くなられたとのこと。名古屋の全国大会で少しお話させていただいたこともありますが、とても明るい方、という印象。パラの解答はいつも手書きでしたが、本当に読みやすい、うらやましくなるような綺麗な字で、さらに軽妙な言葉づかいの評。担当者として本当に助かるタイプでした。あの名短評を使うこともないのですね。本当に残念です。ご冥福をお祈りもうしあげます。」

訃報
2013年12月14日、幻白衣と朔によせて で、訃報
「去る十月に、橋本守正(もりただ)氏が亡くなられました。
氏は大道詰将棋の普及に多大な貢献をされました。
最近ではネット上で大道棋狂室を連載されていました。
また一人、惜しい人を失いました。
謹んでお悔やみ申し上げます。」

橋本守正さんご逝去
2013年12月12日、詰将棋の会合 香龍会で、橋本守正さんご逝去
「また悲しいお知らせが入ってきました。橋本守正さんがお亡くなりになられたとのこと。ここ最近氏のブログが更新されていなかったので心配していたのですが・・・。橋本さんの作品は短編から長編までありますが、後年は大道棋の作品が多く、詰パラの大道棋教室がなくなってからはご自身のブログで大道棋の改作を多数発表されていました。さらにここ数年は「凡骨生」のペンネームで熱心に解答もされていました。 ・・・」

橋本守正氏の訃報
2013年12月11日、ストンリバー@stoneriverKI
「詰パラで入選200回を超える名古屋の橋本守正氏の訃報が入った(全詰連副会長K氏より連絡あり)。パラ11月号小学校での出題作が最後か。ブログでも長いこと更新がなかったので心配はしていた。それにしても、今年は一時代を築いた詰将棋作家の訃報が相次ぎました。合掌。」

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鳥越九郎さん逝去

[2013年9月21日最終更新]
Torikoshi 詰将棋パラダイス2013年8月号に訃報。
「二瓶誠さんが6月14日、亡くなられました。享年80歳。ご冥福をお祈り申し上げます。」

鳥越九郎さんこと二瓶誠さんは多数のペンネームを駆使してユーモアあふれる詰将棋を発表されていた。初期の棋村迷人から鳥越九郎名での入選回数が100回に近くなると、同人入りを避けるため?その後は青木みどり、鳩成平などを使っていた。常盤兼成、今田藤四郎、伊佐坂棋印、久留島義礼といったペンネームも鳥越さんとのこと。

四百人一局集には「2001図式」を掲載しているが、これはなんと算盤の珠で2001を表現したもの(43と44飛|13玉|飛)。9筋に香桂銀金・・・と9枚並べた「実戦型詰将棋」とか、馬を4枚使った「駟詰め」とか、ぶっとんだ発想の詰将棋が多かった。

私が好きだったのは、読者サロンなどに書かれていた昔の詰将棋発見シリーズ。xx神社の絵馬とかxxで見つかった古文書に伊藤xxの詰将棋があったというもので、もちろん冗談なのだが、真に迫っていたので、研究家が間違って引用してしまうこともあったほど。

鳥越さんのユーモアを偲んで、有名な「十手詰」を掲載したときの文章を紹介しよう(詰パラ1955年12月号より)。

Juttedume 珍品 十手詰

古来詰将棋の手数は奇数に決っていて、流石の看寿先生もこの制約を打ち破る事が出来なかった。他人に出来ない事をやってみたいのが天邪鬼の通例?小生もその選に洩れず、偶数手詰を作らんものと、臥薪嘗胆、五年間の苦心の末、完成したのが左の十手詰である。古今にその例を見ざる珍品故ヨーク鑑賞されたい。

ナニナニ.7手で詰んで了うが早詰ではないかッて?
サーテネ。    旭川 鳥越九郎

★十手詰とは珍品だが、眉にツバしなければならんと思ったら案の定次の追伸が速達で届いた。

☆追伸 十手詰の文中、五年間とあるのは五分間の誤りでした。ツイソソツカシイので間違えました。

謹んでご冥福をお祈りします。


2013年9月20日

  • Web Fairy Paradise 第63号 (PDF) (Web Fairy Paradise
    青木みどり氏フェアリー発表作品一覧
     「本年6月14日に二瓶誠氏がお亡くなりになりました。享年80歳。ご冥福をお祈りします。氏は青木みどり名(明石六郎・赤白黒に対抗して青黄緑)でフェアリー作品を発表されています。今回青木みどり名での発表作を当時の解説を含めて掲載します。 ・・・」

2013年8月6日

  • 鳥越九郎氏死去 (詰将棋 駒の舞(別館)
     「どう呼べばよいのか不明の、ペンネーム魔ですが一応上記でしょう。私は、二瓶さんと呼んでいました。他のペンネームは、個人的にあまり親しみはないです。印象はカメラと丸眼鏡です。会った事は少ないですが、私の名前は憶えてくれていました。 ・・・」
  • 最近お亡くなりになられた詰キストの皆様の思い出 (詰将棋の会合 香龍会
     「・・・ 詰パラ平成3年9月号に掲載された短編競作展の解説のときには、投稿図に添えられていた青木みどりの自画像を載せたり、私自身も「鳥越九郎」というペンネームの誤植を狙って(?)「烏越九朗」というペンネームで解答したり、「青木みどり」というペンネームに対抗して(?)「青木あかね」というペンネームで初形イの安南詰を投稿したものです。 ・・・」

2013年8月3日

  • Problem Paradise@propara
     「鳥越九郎さんが亡くなった。この人については、あまりにも愉快なエピソードが多すぎるが、そのなかでもとびきりは、同人作家になりたくなくて、「青木みどり」という別のペンネームを使いだしたことだろうか。実はわたしも、これから多作になれば同人作家になることは理屈として可能。どうしたものか。」
     「詰将棋界には俗に言う「三奇人」がいて、この三人から怪文書をもらうとマニアとしては一人前と認められたものだ。鳥越九郎さんから来るハガキは、そういうたぐいの攻撃的な怪文書ではないが、自然と不思議なものになっているという、まったくジャンルが違う怪文書だった。保存しとけばよかったな。」
     「鳥越九郎さんの得意技は、「棋友の家を訪問する」こと。まったく予告なしに、カメラを持ってフラッとやってくることが何度かあったなあ。その逆に、こちらが鳥越さんの家に行くことは一度もなかった。「加古川市 鳥越九郎」で郵便物が届くと言ってたっけ。どういうところに住んでたんだろう。」

2013年8月1日

  • 詰将棋パラダイス2013年8月号 編集室
     「二瓶誠氏が亡くなられました。昭和8年生れで享年80歳でした。多数のペンネームを駆使、初期から中期までは棋村迷人、鳥越九郎、後期は青木みどり、鳩成平名義で作品を多数発表し、その数は2百局近くあります。不採用作品を返送すると、必ず手紙が来ましたが、今年の1月24日付が最後でした。体調が悪かったと思います。氏のご冥福を心よりお祈りします。(柴田)」

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岡田敏さん逝去

[2013年8月6日最終更新]
Okada 全日本詰将棋連盟の初代会長、岡田敏さんが5月3日に逝去の報。岡田さんは詰将棋パラダイスだけでも700回以上入選し、詰将棋データベースに登録されている詰将棋の数でも第1位。詰将棋の作品集や詰将棋ソフトも多く、非常に精力的に活動されていた。謹んでご冥福をお祈りいたします。

【訃報】岡田敏氏逝去 (詰将棋パラダイス メモ
 「岡田敏さんが5月3日亡くなられました。88歳でした。岡田さんは本誌において、前人未到の700回を超える入選を果たした大作家。また、全日本詰将棋連盟の初代会長を務めるなど、その功績は測り知れません。ご冥福をお祈り申し上げます。
    (詰将棋パラダイス編集長 水上仁) 」

岡田敏さんのプロフィール(詰パラ2013年6月号より)

生年月日 大正14年6月5日
没年月日 平成25年5月3日
初入選 風ぐるま昭和29年2月号
最終発表 詰パラ平成24年9月号
発表局数 約2500局
ペンネーム 井狩雅人
作品集 「薫紅」S38・10から「蝸牛II」H16・12まで14冊を上梓。
受賞作品 看寿賞1回、塚田賞3回。
全詰連会長(H3~13)、創棋会会長(S55~60)を歴任。


2013年8月6日

  • 最近お亡くなりになられた詰キストの皆様の思い出 (詰将棋の会合 香龍会
      「・・・ お住まいが隣の斑鳩町で、実家からだと自転車を使って20分くらいで行くことができるため、以前休みの日で誰か詰キストが岡田さん宅に来られた際にはよく電話をもらい、ご自宅にお邪魔したものです。詰パラのバックナンバーも揃っていたので、平成4年7月号で「い石詰」の解説をするときは調べさせてもらったりしました。ご自宅のトイレには何も 書かれていない図面用紙だけが貼られていたことを憶えています。 ・・・」

2013年8月4日

  • 岡田敏氏を悼む (冬眠蛙の冬眠日記)        
     「・・・ 小説家で言えば、たとえば横溝正史は数多くの名作に隠れて、結構な数の「?」な作品もあるわけで、岡田氏の詰将棋界での位置づけはミステリ界での横溝のそれに結構近いかな、と思っています。 ・・・ 冬眠蛙の印象に残っている中から1作紹介します。 ・・・」

2013年6月5日

2013年6月3日

  • 詰パラ六月号 (Ma vie quotidienne
     「・・・ 作品以外では、先月亡くなられた詰将棋作家、岡田敏氏の追悼記事と、若島正氏の第2回門脇芳雄賞受賞の記事が目を引く。昨年の門脇芳雄氏、酒井克彦氏、今 年の岡田敏氏と、このところ詰将棋界は超大物といっていい方が相次いで鬼籍に入られている。岡田さんの詰パラ入選回数は750回以上を数え、他誌も含めた 総発表作品数は約2,500作というのだから、驚異的というしかない。 ・・・」

2013年6月1日

  • 岡田敏さんの追悼記事 (詰将棋パラダイス2013年6月号)
    ・ 全詰連の頁 岡田敏さん御逝去 全日本詰将棋連盟会長 柳田明
    ・ 「広め屋」岡田さん 北村憲一
    ・ 岡田敏氏の御逝去を悼む 柴田昭彦

2013年5月23日

  • 岡田敏氏の作品 (my cube
     「僕の尊敬する作家である岡田敏氏が亡くなったとの訃報。詰パラでは700回の驚異的な入選数を誇り、他誌も合わせるとその創作数は計り知れません。御高齢ながらも、作品の質は衰えることなく、2009年1月には中学校で平均2.81点の傑作も発表されていました。今日は岡田氏の作品から僕が好きな2作を紹介します。 ・・・」

2013年5月5日

  • 岡田敏さん死去 戦後を代表する詰将棋作家 (朝日新聞
     「岡田敏さん(おかだ・さとし=元全日本詰将棋連盟会長)が3日、CO2ナルコーシスで死去、87歳。葬儀は親族で営む。喪主は妻節子さん。戦後を代表する詰将棋作家の一人。千以上の作品を発表し、詰将棋の普及に貢献した。」
  • 詰備会と岡田さん (詰将棋劇場blog
     「・・・ 氏の詰棋界への貢献度は筆舌に尽くしがたいものがあります。個人的にもいろいろお世話になりました。謹んでご冥福をお祈りいたします。」
  • 岡田敏氏逝去 (詰将棋の欠片
     「・・・ 植田尚宏・藤井国夫両氏と共に「軽快派」と呼ばれ、数多くの作品を発表。
    全日本詰将棋連盟会長も務められました。
    詰将棋パラダイス・近代将棋・将棋世界の合計入選は1100回を超えます。
    中でも詰将棋パラダイス誌の入選回数は760回超え。
    共に第1位の記録で、破るのは至難の業と思われます。
    何か1作と思い、塚田賞を受賞した「大菱」を載せようとしたのですが、既に紹介しているページがあるようですので「銀蠅」を紹介したいと思います。 ・・・」
  • ss@serisiu
     「詰将棋史に偉大な足跡を残された岡田敏氏が亡くなられたそうです。私は直接お会いしたことはないのですが、氏の詰将棋は数百題という単位で解いてます。大変お世話になりました。岡田氏らしい捌きの詰将棋を一作紹介。近代将棋1992.5(23手)

2013年5月4日

  • 朝日新聞将棋取材班@asahi_shogi
     「山)元全日本詰将棋連盟会長の岡田敏さんが3日、87歳で逝去されました。葬儀は親族で営まれるそうです。戦後を代表する詰将棋作家の一人。1000以上の作品を発表。詰将棋の普及に貢献しました。昭和40年度の看寿賞(短編奨励賞)、初形「王」の字の双玉曲詰をこれから解いてみようと思います。」
     「山)岡田敏さんの盤面初形「王」の双玉詰将棋(「三王詰」)、軽快で爽快感満点の佳作でした。最初、5六の香車で空き王手をかけると、その香車を玉方の角 か桂で成って取られて逆王手になり、どうしても詰まないと思っていたのですが、よく見ると香車は「5六」。駒は成れません。頭腐ってますね……。」
  • さわやかな詰将棋 (不況になると口紅が売れる
     「・・・ 岡田氏の得意な領域のひとつに「清涼詰」がある。最終形で攻め方の駒が2枚になるというもので、いわば最も効率的な手順。収束からの逆算に加え、簡素で美しい初形に落とし込む技術は、さすがとしか言いようもない。「実戦型」「あぶり出し」「不成」と、オールマイティで何でも創れる。小気味よさ、爽やかさが、岡田氏の身上であったと感じる。 ・・・」
  • Problem Paradise@propara
     「追悼文を書くことが嫌いで、実は今まで詰将棋作家の追悼文を依頼されて断ったことが何度か。お許しください、詰将棋作家は亡くなっても、生き続けるべき作品はいつまでも残るのです(看寿、宗看を見よ)。」
     「とは言え、当然ながら岡田さんの思い出はたくさんある。結婚したときに、真っ先にうちの嫁さんをつれていったのは岡田さんのお宅。今から考えると、どうしてそういうことをしたのかよくわからないが、うちの嫁さんに節子さんみたいな人になってほしいという無意識の願望がそうさせたのかもしれない。」
     「あの頃は、わたしも上田さんもよく岡田さんちに泊めてもらったものだ。子供のいない岡田さんにしてみれば、上田さんやわたしが息子同然に思えたのかもしれない。」

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米長邦雄永世棋聖逝去

[2013年3月31日最終更新]
日本将棋連盟会長の米長永世棋聖が、2012年12月18日、前立腺がんのため69才で逝去との報。謹んでご冥福をお祈りいたします。

関連情報: 米長永世棋聖、将棋ソフトと対戦  ボンクラーズが米長永世棋聖に勝利
  第2回将棋電王戦


2013年3月30日(日本将棋連盟)

2013年3月30日(ブログ)

2013年3月30日(YouTube)

2013年2月24日(ブログ)

2013年2月23日(追悼番組)

2013年2月14日(日本将棋連盟)

2013年2月14日(報道記事)

  • (2/14)故米長邦雄氏を偲ぶ会 元日本将棋連盟会長、永世棋聖 (日経新聞 囲碁・将棋
     「故米長邦雄氏(元日本将棋連盟会長、永世棋聖)を偲ぶ会 3月30日午前11時30分から東京都渋谷区千駄ケ谷2の39の9の将棋会館。連絡先は同連盟文化芸術振興局。

2013年2月11日(ブログ)

2013年2月10日(ブログ)

2013年2月9日(ブログ)

2013年2月8日(ブログ)

2013年2月6日(ブログ)

2012年12月19日~2013年2月6日(ブログ)

2013年2月5日(ブログ)

2013年2月4日(ブログ)

2013年2月2日(ブログ)

2013年1月18日(日本将棋連盟)

2013年1月15日(日本将棋連盟)

2013年1月8日(コンピュータ将棋協会)

2013年1月6日(ブログ)

2012年12月31日(ブログ)

2012年12月30日(ブログ)

2012年12月26日(報道記事)

2012年12月26日(ブログ)

2012年12月25日(日本将棋連盟)

2012年12月25日(報道記事)

2012年12月25日(ブログ)

2012年12月24日(追悼番組)

2012年12月24日(報道記事)

2012年12月24日(ブログ)

2012年12月24日~(掲示板)

2012年12月23日(報道記事)

2012年12月23日(ブログ)

2012年12月22日(ブログ)

2012年12月21日(日本将棋連盟)

2012年12月21日(報道記事)

2012年12月21日(ブログ)

2012年12月20日(報道記事)

2012年12月20日(ブログ)

2012年12月19日(報道記事)

2012年12月19日(ブログ)

2012年12月19日(Twitterまとめ)

2012年12月18日(日本将棋連盟)

  • 訃報 米長邦雄永世棋聖 (日本将棋連盟
    通 夜 12月23日(日)  午後6時30分~7時30分
    告別式 12月24日(月)  午前10時30分~12時
    場 所 円融寺示真殿 ※地図はこちら
     (住所:目黒区碑文谷1-22-22 TEL:03-3714-6568) ・・・」

2012年12月18日(報道記事)

2012年12月18日(ブログ)

2012年12月18日~(掲示板)

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